浮き沈み

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甘い甘いケーキをほおばる。 口いっぱいの幸せはとんでもなく甘くて幸せの味がした。 つぶつぶとしたベリーとふわふわケーキ。 甘酸っぱい味は泣きたいほどに幸せだった。 「おいしい」 普段のようにうまいの一言で済ませてしまうのがもったいないくらい。 「よかった。どれどれ」 そう言われて初めて渋谷が食べずに自分のことを見ていたことに気が付いた。 羞恥で染まる耳は髪の下。 ばれっこない。 「ほんとだ、おいしい」 普段「うめー!!」とバカ騒ぎするこいつも、同じことを思ってこう言ったんだろうな。 そう思うとそれがもう幸せで。 この時間が永遠に続いたならいいのに。 そんなに、甘くはないのがこの世の中だってこと、すっかり忘れていた。 浮かれきっていた。 「しょうー!!あたしのこと放っておいて、なぁーにやってんのー?」 その人、知らないんだけど。 突然僕らの間に割り込んできた、かわいい女の子が言った。 名前は知らなかったけれど、すぐにわかった。 知りたくなかったけれど。 「桃子!?ここで何やってんだ!?」 顔に出やすい渋谷の顔は、わかりやすく驚愕していた。 名前呼びの間柄の二人は美男美女でお似合いで。 カップルだ、と悟った。 耐えられなかった。 モモコ、と呼ばれた女の子を見たくなくて。 しょう、とかわいい女の子に呼ばれている渋谷が見たくなくて。 逃げ出した。 「ごめんなさいっ」 「あ、おいっ中野っ」 走り出して体当たりのようにドアを開けてまた走る。 小さなカフェは、すぐに視界から消えた。
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