浮き沈み

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家に、帰るとあまりにもいつも通りで、あれはすべて悪い夢だったような気がした。 なんだったら今までが全部。 だけどポケットに入ったストラップの重さが。 甘い口の中が。 すべてが現実だったと教えてくる。 涙があふれた。 幸せな夢から覚めてしまった幼子のように。 わんわんと布団に突っ伏して声をあげて泣いた。 どうせ手に入らなかったはずだろと精一杯言い聞かせる。 涙にぬれた布団はぐっしょりと重く、目は真っ赤になっていた。 幸せは、続かない。 わかっていたことだったのに。 辛くて仕方がない。 心臓がつぶれそうに痛くて、苦しい。 ひどく死にたいとさえ思った。 死ぬ勇気もないのに。 神様がもしいるのならば。 どうか、記憶を消してください。 あの幸せな記憶が。 僕を押しつぶし。 夜を食い荒らし、朝を連れてくるのです。 本当に辛いのは、眠れぬ夜ではないのです。 あいつに会えぬ、明日なのです。 まともに口も利かぬ、他人のあいつに会うのが、辛いのです。 どうか。 明日を、記憶を、奪ってはくれませんでしょうか。 なんであろうと差し上げましょう。 どうか。 あいつとただの他人だと、思い知らさないでください。 好きと、言わなくてよかったと、心から思った。
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