良いものばかりの村

2/2
前へ
/2ページ
次へ
 伝説に従い、俺は満月の晩に湖に行った。  そして月明かりの下で、妻を、湖の中に投げ入れた。    妻はすぐに浮かび上がってきた。    湖の精霊。  無数のぬめった触手を持つそれが、二人の妻を宙吊りにして、こちらに差し出してきた。  俺は意識を失っている二人を受け取り、人間の重さに苦しみながら街に戻り、目覚めてすぐに悪態を吐いた方をトンカチで殴って殺し、埋めた。  残った良い方の妻は、俺のやった事を恐れたが、すぐに肯定してくれた。 「悪は滅びて当然ですよ」  その通り。  俺もそう思う。  それから幸せな日々が始まった。  良い妻はいつも俺にとっての最善を尽くしてくれる。  俺は満足していた。  ある日、良い妻が言った。 「ねぇ、あなた。次の満月はいつでしょうか?」 「来週じゃないかな」 「そうですか」 「どうした? まさか今以上に良くなりたいのか?」 「……ええ、はい」  妻ははにかむように笑った。  俺は妻の心意気に感動した。  流石は良い妻だ。  これ以上更に良くなろうとしてくれるなんて。  次の週、俺達は一緒に湖に行った。  なのに気付いたら、俺はベッドにいた。 「あれ? ここは家か? 俺は一体……?」 「あなたは疲れていたのです。湖の前で気を失ってしまったのですよ」 「そうか……。ありがとう。家まで運んでくれて。君は大丈夫か? どこも悪くないか?」 「ええ、勿論」 「良かった」  俺は妻の無事に安堵した。  疲れて倒れた俺を家まで運んでくれたとは……本当に妻には感謝の念しか沸かない。これからも妻の為に頑張らねばと思った。 「明日から、家事は俺も手伝うよ」 「あら。それは嬉しいです。一体どうしたのですか?」 「どうしたって……人の手助けをするのは当然だろう?」  良いことをしよう。良いことをしなければ。  俺はそう思った。  妻はそんな俺の提案が嬉しかったのか、 「良い夫で良かった」  と微笑んだ。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加