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「わたし、パンダになりたい」
「……はぁ」
ナツの話はよく斜め上から降ってくる。
祝日のファストフード店、昼下がりにしては下がり過ぎな時間帯。明らかにお茶しに来ている利用客が多い中、私とナツはがっつり昼食をとっている。
「まあ、かわいかったけどね、パンダ」
言ってから、ハンバーガーをひとかじり。うまい。
要するに、今日はいつも通りナツの気まぐれで動物園に行くことになり、今現在は一通りキュートでワンダフルなアニマルたちを堪能した後なのである。昼食が遅れたのは、ナツがパンダの前から全然離れなかったから。
「うん。だからパンダになりたい」
「かわいくなりたいってこと?」
「ううん、違う」
ナツは合間合間でポテトを頬張りながら話している。その食べ方が、さっき見てきたパンダと何だか似ている気がする。こう、煙管のように横にはみ出させる感じ。
ポテトの長さ的にどちらかというとタバコをくわえてるみたいになっているナツが、そのまま喋る。
「わたしはパンダになりたいの」
「いや、違いが分かんない」
ナツとはもう一年以上の付き合いになるが、未だにその思考回路は読めない。ホントに。
「じゃあパンダ目にする?」
「やだし!」
「だよね」
ちなみにメイクはナツのほうが圧倒的に詳しい。
「うーん、どう言えばいいかなぁ」
くわえポテトをひょこひょこさせながら、ナツは思案を巡らせるように視線を斜め上に向ける。こいつ本当は何も考えてないな。
動物園の風景を思い出す。そういえば、パンダのエリアには他の動物よりもひときわ多くの人が集まっていたように思う。
「あー……人気者になりたいってこと?」
「んー! そう! そう! それ! それだよさーこ! それ!」
「分かったから座れ」
興奮して立ち上がったナツの肩に左手をかけて座らせ、右手ではハンバーガーをもう一口。そろそろ片手では形を維持するのが厳しい程度に崩れてきた。何でこう崩れるかな、ファストフードのハンバーガー。
「パンダは人気者だから、パンダになりたい、と」
「うんうん、さすがさーこ」
私と違ってナツには友達がたくさんいるし、もう十分人気者だと思うけど。何が不満なんだろうか。
「人気者になりたいなら、アイドルにでもなればいいんじゃない?」
ナツの見た目なら余裕でいけると思う。実際この子、男子からは結構モテモテだし。あ、でも歌がダメだな。
「違うなー、アイドルは人気者だけど、パンダとは違うなー」
「難しいなぁ」
この子はどうしてもパンダになりたいらしい。
「だって、アイドルはアイドルじゃなくなったらアイドルじゃないけど、パンダはいつまでもパンダじゃん」
「……あぁ〜」
ちょっと納得。ガワだけじゃなくて本質をどうにかしたいと。
「アイドルにはなれなくても、パンダにはなれる」
「なれるんだ」
転生でもする気かこいつは。
「なれる! パンダになる!」
「おー、頑張れ」
こうなったナツはもう人の話なんか聞きゃしないので、テキトーに受け流す。
「わたしがパンダだ!」
また立ち上がった。
「やったね、おめでとう」
「ありがとう! ポテトあげる!」
「うん、いらないから座ろうか」
ナツの両肩に手をかけてぐっと引く。ハンバーガーだった物体はもう置いた。バラバラ事件だよこれ。
……それにしても、パンダになりたい、か。そういえば、前にもナツは似たようなことを言ってたっけ。
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