それは遠回しの

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 黒ヤギのクロは白ヤギのシロから来た手紙を読みもせずにパクパクバリバリ食べてしまいました。  紙なんか食べても気持ち悪くて吐き出すだけだとお思いかもしれませんが、クロは違いの分かるヤギです。  インクに乗せた言葉の味くらい、見なくても丸わかりなのです。  噛み締めた手紙は、私達が果物をかじった時のような、みずみずしくて甘酸っぱいような味がしました。   「ああうまかった」  ペロリと口の周りを舐めてから、クロはシロに手紙を書きました。 『ゴメン、さっきの手紙食べちゃった。おいしかったよ。なんてったって、幼いころから一緒の、愛するシロからの手紙だからね。さっきの手紙の用事はなんだい?』  ☆    白ヤギのシロは、黒ヤギのクロから来た手紙を見るなり、その真っ白な顔を真っ赤にして、長ーい口で女の子らしくモソモソと、しかし開封しようとする気配もなく手紙を食べてしまいました。  白もまた違いのわかるヤギでしたので、手紙の味くらい見なくても食べれば丸わかりなのです。  クロからの手紙は、ひたすらに甘ったるくて、私達で例えたらあまーいチョコレートに更にお砂糖を振りかけたようなくどさでしたが、シロはそれをとてもとてもおいしそうに食べました。  その甘さを名残惜しむように、シロはナプキンで長い口を拭くと、クロへの手紙をしたためはじめます。 『ごめんなさい。さっきのお手紙食べてしまったわ。せっかくの大好きなクロからのお手紙なのにね。それで、その、用事はなあに?』  彼らはこんなやり取りをずっと続けていました。クロはあと一歩の勇気がなく。シロは子どもの頃からの照れ屋ゆえに。  開かれない箱の中のネコのような中身を、その舌で転がす味わいから、うすうす感づいてはいるのに、彼らは手紙を開けないのです。  幼いころから育てて来た互いの愛情は、熟した果実のように甘美で、けれど互いに知らないフリして届かぬゆえに、ほんのり苦く。  児戯のような不器用なコミュニケーションは、幸せで、けれどもどこにも行きつくことはないのです。  いつか、どちらかが。ぬるま湯のように幸せな、子ども時代に別れを告げて、我慢できずに手紙の中を開くまで。
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