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31.討伐隊
翌日にはコルセットが外れた。
そしてすぐその翌日には、戦略会議が再開された。
屋敷の居間にゼーベックとカーン、そしてイルヴェスが顔を揃えた。そこに俺と七瀬を加えた5人が会議のメンバーとなる。
外れていたイルヴェスを加えるように言ったのは俺だった。次の決戦に備えるには、彼の力が不可欠という判断からだ。
『左右背後からの攻撃に気をつけろ』
実際、彼のあの忠告がなければ、俺は、妖魔の触手のように伸びた腕にやられていたかもしれない。
いろいろあったことは確かだけど、いまは妖魔対策がすべてに優先する。
「でもあの攻撃がよく分かりましたね?」
テーブルに全員が顔を揃えると、俺はイルヴェスに聞いた。
いまだに松葉杖を手放せずにいる彼は、背中を丸めた姿勢で椅子に座っている。
鞭打ちの傷はかなり酷いようだ。時間をかけても、もう以前のようには背筋は伸びないのかもしれない。
「俺もはっきり分かってたわけじゃない。ただ、喰われた男たちの亡骸を調べていく中で、気になる傷があったんだ。両肩から脇腹の後ろに共通して残っていた傷だ」
「刺されたような傷ですか?」
「ああ、斜め後ろから槍で突かれたみたいな傷だった。傷みの激しい遺体はわからなかったが、少なくとも7人中4人には傷があり、致命傷になるほど深かった。角度的には、立っているところを上から突き下ろすような刺し傷なんだが、それを見ただけでは、どのような状況でできた傷かは想像ができなかった」
確かに、一対一で戦っていたらありえない傷だ。
「あの攻撃はちょっと厄介ですね」
言いながら、妖魔との対戦を思い出した。
普通に斬り合うだけなら俺と妖魔の力量はほぼ同じ。敢えて言うなら、草原のような開けた場所なら俺、森のような見晴らしの悪い場所なら妖魔にやや分がある。ただそれにしても、決定的な違いではないと思ってる。
となると、確実に決着をつけるには、剣そのものの力で妖魔を一刀両断するのが早い。
そのためには、妖魔と十分な間合いを取って相対した状態で、剣に思念を集中させる間が必要になる。
しかしあの時は、その瞬間を狙われたのだ。
俺がそのことを告げると、三人はそれぞれに複雑な表情を浮かべた。
最初に口を開いたのはカーンだった。
「当たれるだけの文献は当たったんやけど、腕が伸びる妖魔はどの文献にもなかったんよ。高く跳び上がって上空から攻めて来たり、素早く地を這いまわったりとかいろんなパターンはあったんやけど、それらはみんなその時の勇者に敗れとる」
「なら、新種ってことですか?」
俺が聞くと、
「というより、進化、かもしれん」
脇からイルヴェスが答えた。
なるほど、ずっと勇者に負け続けた妖魔が、勇者を倒すために新たに身につけた戦い方と考えるなら進化と言えるかもしれない。
だとすると、これまで勇者が敗れたことはないから大丈夫だろうという、この三人の考えは甘すぎることになる。三人の困ったような表情はそのせいなのだろう。
ただ、もしそうだとしても、俺にはさほどのショックはなかった。すでに一度、妖魔と刃を交えたことで骨身にしみて感じていたからだ。過去の歴史がどうあろうとも、妖魔が必ず勝てるといえるような相手ではないということを。
「ただ、妖魔の腕がどれほど長く伸びようと、普段の戦闘の中で長く伸ばせば、支える体が無防備になるよね?」
俺が言うと、三人それぞれに頷いた。
「だからヤツにしても、あれはあの場面でしか出せない攻撃のはず。となると、そこで勝ったものが勝ち。その瞬間こそが、ヤツと決着をつける最後の場面になると思うんだ」
続けて言うと、
「その通りだ」
とイルヴェスが頷いた。
「そこをどう戦うかは一番に考えるべきだ。それは間違いない。ただそれだけじゃない。あらゆる面から、もう一度総ざらいして検討しなおす必要がある。今回新たに分かったことも多い」
「つってもねぇ」横からカーンが、ウンザリしたように口を挟んだ。「見た目は変わりよるし。次も同じとは限らんところが厄介だわ。今回のを獣型として、戦う場面はこいつで来ると考えるしかないんやけど」
妖魔は姿を変えると言われている。そうなると厄介なのは間違いない。
ただ妖魔だって万能じゃない。大切なことは、手元にある情報を分析し、ヤツにできることとできないことを見定めることだと教えてくれたのは他ならぬカーンだ。
そのカーンに向かって、俺は言った。
「獣型以外には、人型もあるんですよね?普通の人とは見分けがつかないような」
「今の妖魔の人型を見たという話はないねんけど、文献見るとその姿はあっておかしくないんよね。むしろ、無きゃおかしいくらいだわ」
「人型は人型で厄介ですよ。話した感じでは、ヤツはこの街のことをかなり詳しく観察しているみたいだし、人型に身を変え、街に潜り込んで盗み見てるっていうのはあるような気がします。俺たちの動きだって、いつどこで覗かれているかわからない」
「せやな」とカーンは頷いた。「この先は内密な動きが増えることもあるし、情報統制には特に気をつけんといかんわ」
「内密な動き?」
突然の言葉に俺が首をかしげると、カーンはチラリとゼーベックを見た。
なにかあるみたいだ。
その視線を受けて、爺さんは「うむ」と重々しく頷いた。
「しからば、まずはこの話からするかのぉ」
と、もったいぶった口調で話し始めた。
カーンの言う内密な動きとは、妖魔退治に加わりたいと希望する若者たちのことだった。
前の満月の夜に俺が妖魔から助けた男が中心となり、希望する者は日々増えているらしい。彼らは妖魔討伐隊を組織して、俺と共に妖魔を倒そうとしていた。
がしかし、討伐隊については、城の許可が下りなかった。
「どうしてです?いい話じゃないですか?」
「危険すぎるというのがその理由ぢゃ」
「確かに危険ではあるけど、やり方にもよるでしょう。前面に立って戦うのは俺でも、サポートがあるだけでずいぶん助かるし」
「サポートとはいえ相手は妖魔ぢゃ、場合によっては多大な犠牲を伴うこともあろう。希望しているのはいずれも腕に覚えのある若者ばかりでな。その者たちをまとめて失うようなことがあれば大きな損失なのぢゃ」
「損失って、そんな悠長なことを言ってる場合じゃないと思いますけどね」
呆れてものが言えない。
確かに妖魔の前では、猛者といえ子供同然なのかもしれない。ただ、いきなり襲われるのと違って、武器を備えて統制の取れた状態ならば、そう簡単にはやられたりはしないと思う。それよりなにより、妖魔は、俺を葬り去った後には、この街の男どもを手当たりしだいに殺して回ると言い放っているのだ。危険だなんだと言っている場合じゃない。
もっともこの妖魔の目論見は、まだ誰にも話していなかった。へたに話して街の人たちに知れれば、パニックになりかねない。
「そんなことを言ってサポートも無しで、俺が妖魔に破れたらどうするんですか?」
俺が言うと、ゼーベックは顔を曇らせ口を閉ざした。
カーンとイルヴェスも見たけど同じ反応だ。
その表情を見てピンときた。
「また次を召喚すればいいってことですか?」
俺の問いに誰も答えようとしない。
認めたのと同じだ。
「ひどい……」
ずっと黙っていた七瀬が、呟くように言った。
俺は、どうせそんなことだろうと思っていたので驚かなかった。
それはすでに俺が城に呼ばれた日、あの城の偉い爺さんと話したときから感じていたことだ。あのジジイは俺のことを傭兵くらいにしか思っていない。
ただ、こうしてあらためてその考えを突きつけられると、怒りがわき上がってくる。
俺は険しい顔をして黙り込んだ。
勇者を召喚するには、妖魔に攫われ命を失った者十二人の遺骨がいると聞いていた。これが俺の召喚までに一年かかった理由だ。
勇者の剣の見える場所に魔法陣を描き、十二方にその骨を置く。そして清らかなる者が願いを捧げることで、剣がその主となるべき勇者を召喚するのだそうだ。
そのため、二人三人と続けて召喚して、勇者がタッグを組んで妖魔を倒すというわけにはいかない。ただ、もしも勇者が亡きものになったのなら、また一からやり直すことはできるはずだ。
その時、扉をノックする音がした。
顔を覗かせたのはエリスだった。紅茶を運んできたらしい。
俺が召喚された時に願いを捧げた清らかなる者は、まさにこのエリスだった。つまり、彼女の真摯な願いが、俺たちふたりをこの世界に召喚したことになる。
ワゴンを押して入ってきたエリスは、テーブルを囲んで押し黙る五人の重苦しい雰囲気にびっくりした顔をしている。
「我々が皆、そう思っているわけじゃない」やっと口を開いたのはイルヴェスだった。「ゆえに討伐隊は許可を取らず、内密に組織することにした。表向きは、あくまで個々の判断による参戦ということだ」
続いてカーンが口を開いた。
「てことで、使える武器は限られるんやけど、そこは戦略と組織力でカバーする。相手が相手だけにどんだけのサポートになるかは分からんけど、最小限のリスクで最大限の効果を狙うつもりだわ。場所が草原と西の森の境界に絞られてるのは大きいんよ。いろいろ打つ手はある」
妖魔からは、次の満月の夜、その場所で待つと言われている。
そのことは、すでにこの三人には話してあった。
「だったら俺は助かるけど、でも、勝手にそんなことして大丈夫なんですか?」
それはすなはち、城のヤツらの指示に逆らうということだ。
「お前が心配する必要はない。これは我々の問題なんだ」
きっぱりとイルヴェスは答えた。
そしてふたたび静寂が訪れる。
重い沈黙は、彼らの決意の重さを知らせるに充分だった。
紅茶を配り終えたエリスが、ペコリと会釈をして部屋を出て行こうとした。
そんな彼女をイルヴェスが呼び止めた。
そして、一階のポーチに客人を待たせているので、ここに連れて来るようにと言った。
やがてエリスは、ひとりの少年を連れて戻ってきた。
顔つきこそ幼いが、体は俺よりも一回り大きい。
「先日は、助けて戴き、本当にありがとうございました」
ヤルヴィと名乗ったその少年は、顔を合わせるや俺に頭を下げた。
彼こそが満月の夜に俺が妖魔から救った男であり、影の討伐隊の中心人物だった。俺との顔合わせのため、隊を代表して今日ここに呼ばれたのだ。
がっしりした体躯のため、あの日の闇の中では大人の男に見えたが、実際は俺よりひとつ年下らしい。俺の世界なら高2ということになる。
ヤルヴィがテーブルの輪に加わると、おもむろにゼーベックが口を開いた。
「しからば、これから作戦の概要について説明する」
声を合図に、カーンが地図を取り出し、テーブルの上に開いた。
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