『月のため息』(流・翠編)1

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『月のため息』(流・翠編)1

「寒いだろう。今すぐ温めてやるからな」 「流……」  流の大きな手のひらが僕の素肌を擦っていく。古い畳と薄い布団だけの今にも壊れそうな茶室なのに、僕にはここが極楽浄土のように幸せな場所だと思えた。  僕たちが動くたびに畳が軋み、大地からの冷気がこみ上げてくる。震える僕を守るように、すっぽりと流が覆いかぶさってくれる。もう小さい頃のように僕は流を抱っこ出来ないが……こうやって流の重みを全身で感じるのが好きだ。いつからだろう、僕の背丈を流はどんどん追い越して……こんな逞しい男になったのは。 「あの病室以来だな、翠を抱くのは」 「うん……そうだね」  着物を忙しなく脱がされていく。 「あ……」 「なんだ?」 「着物は、もう少し丁寧に脱がしてくれないか」 「悪い」 「……これは、とても気に入っているから」 「あぁ、そうだな。これは翠のために作ったんだ。俺からのクリスマスプレゼントだ」 「ありがとう。僕の好きな色だったので、嬉しかった」 「そうだな。萌黄色は翠の好きな系統だよな」 「その……僕からも贈り物があるのだが」 「なんだ?」 「……そこの包みと取ってくれ」  今宵はこうなる気がしていたのは、僕のほうだ。茶室に連れ去って欲しかったのは僕の方だ。だから事前に、ここに贈り物を忍ばせておいた。 「これか。開けても?」 「もちろんだ、流が使うものだ」  包みの中身は着物の絵付けに使う筆だった。この寺に古くから出入りしている駿河の筆工房に頼んで、特注の物を用意させた。 「おお、いい筆だな」 「描きやすそうだと思って」 「これなら繊細な細い線が描けるよ。しかも腰があり含みの良い最良の筆だ。翠……ありがとう」 「良かった。何を贈ろうか随分迷ったが、お前がいつも使うものがいいと思って」 「翠、これを試しても?」  試すって? こんな情事の真っ最中に紙に絵を描くのかと不思議に思ったが、芸術肌の流のことだからと、深く考えずに頷いてしまった。 「もちろん、いいよ。試してみてくれよ」 「いいのか、嬉しいな。一度やってみたかった」 「んっ? 何を?」 「憧れていたことをさ!」  耳元で囁いた流が、いきなり僕の剥き出しになった胸元に筆を走らせたので驚いてしまった。しかも触れるか触れないかの瀬戸際のところを攻めてくる。むず痒い……いや……それとも違う妙な感覚が、ピリッと躰に走った。 「えっ……あっ……やめろ! 何故……そんな所を」 「絵師なら憧れることだ。これは『筆責め』と言うんだ」 「流……僕はそんなつもりじゃ」 「試したいんだ。さっき、してもいいって言ってくれただろう」 「こんなつもりでは……っ」    僕が贈った筆は腰があってよくしなる。それを良いことに思いっきりその筆で乳輪を擦られ、乳首を跳ねられてしまい、耐え切れずに変な声をあげてしまった。   「あっ……ん……っ」  実は筆の先端が乳頭に触れるのが、想像以上に気持ち良かったのだ。 「翠のことは……乳首でも感じられるようにしたい。俺の手で翠の躰をもっと開発したい」 「……馬鹿、そんなことしなくても充分感じているよ。いつも僕は」  途端に流はシュンと怒られた子供のような顔をしたので、慌ててしまった。弟の流の、哀しげな顔は僕を駄目にする。 「分かったよ。流……なぁそんな顔するな。僕が贈った筆だ。もう好きに使うといい」 「ありがとう、翠ならそう言ってくれると信じていた。悪かったな寒いのに中断して」 「謝ることじゃ……あっ」  そこからはもう会話を出来る状態でなかった。サラサラとまだ水分を含んでいない筆先で、皮膚の神経を刺激されて、くすぐったさと焦れったさなどがないまぜになった微妙な感覚が発生し、やがて性的な快感に転化していくのを感じてしまった。 「ん、流……もうちゃんと触れて欲しい」 「翠、かなり気持ちよくなったな。ここを見てみろ。先端から蜜が溢れてるぞ」  流の手によって導かれたのは、僕の張り詰めたモノ。もうこんなになっているなんて……恥ずかしい。流はその先端の蜜を筆で拭った。 「すごいな、筆が湿る程、濡れている」 「りゅ……流は変態だ! もう、それ以上言うな」 「次の機会には翠の躰に絵を描く。本当は今日したいが、もう俺の方がもたない」  ガバッと流がまた覆いかぶさり、僕の首筋から胸にかけて舌を這わしてきた。首筋は特に弱くゾクゾクした快感が走り思わず喉を反らせてしまうと、そこをさらに流が攻めてくる。 「はぁ……あぁ」  脳裏に白い閃光が光る! 補足 ****  ※面相筆……筆先が鋭く細い線が描きやすいため、能面や日本人形の目鼻などを描くのに用いられことに由来がある筆で、軸が二段三段になっている細筆。日本画、友禅図案、日本人形の顔、仏画などに使われる。
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