『月のため息』(安志&涼編)2

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『月のため息』(安志&涼編)2

「涼、俺が何故ここに来たか分かる?」 「うっ……はい」  安志に隠れるようにシュンと縮こまっている涼の姿。それを見た時点で半分許したようなものだけど、俺は十歳も年上の従兄弟なのだから、ビシッと言うことは言わないと。 「……コホン……あのね……ああいうものを涼みたいな若い子が持っているって、事情があったにせよ良くないよ。ましてそれを冗談のつもりだろうが、俺に渡すなんて……どういうつもりだった?」 「うっ……ごめんなさい。冗談が過ぎて……」 「もう二度としない?」 「しない! 絶対にしないから、洋兄さん許して!」  叱られ慣れてないのか、涼は涙目になっていた。  こういう表情をするなんて意外だ。いつもは歳よりもしっかりして見える涼なのに、やっぱりまだまだ10代の子だなと改めて気が付かされた。 「洋~ おいおい、そんなに怒ったら、綺麗な顔が台無しだぞ。涼も謝っているし、もう許してやってくれよ。なっ」  ふーん、援護射撃か。やれやれ安志は涼にメロメロだな。でも少し甘すぎないか。ついじどっとした目で睨んでしまう。ついでに……幼馴染の安志はいつだって俺の味方だったのにと……変な気持ちにもなってしまった。俺が我が儘で意地悪になったのかな。 「……でも……俺だって恥をかいた」  すると、涼が身を乗り出した。 「え! じゃあ洋兄さん使ってみたの? どうだった?」 「おっ、おい?」 「ははっ~ 洋もとうとう大人の階段上ったのか」 「あ、安志まで!」    この二人は全くっ!でもあんなオモチャについて新年早々こんな談義をするなんて、なんか可笑しくなって、結局俺もうっかり笑ってしまった。 「くっ、くく……」 「おっ? 笑ったな。洋はやっぱりそっちの方がいいぞ」  安志が満足気に俺を見つめてくれた。昔からいつもお前はこうやって太陽みたいにニコニコと笑いかけてくれたよな。どうやら温かい笑顔を受けて、俺の機嫌も直ったみたいだ。 「よし、もういいよ。涼、こっちにおいで」 「洋兄さんっ、本当にごめんなさい。僕……怖かった」  涼がふわっと俺に抱き着いた。 「おっ、おい!」  こういう所は相変わらず帰国子女だよな。久しぶりに可愛い従兄弟に必死に縋られて悪い気はしなくて、俺の方もまた笑みが零れてしまう。 「しょうがない奴だな」 「あぁ、よかった。いつもの洋兄さんだ」 「とにかく……俺だって怒るときは怒るんからね」 「うん、もうしない!」  安志がポカンとした表情を浮かべている。 「なんだよ? 安志、その顔は」 「いや……洋は喜怒哀楽がはっきりしてきたよな。怒ってる顔なんて久しぶりに見たし、今の兄貴っぽい笑顔もかっこよかったぞ」 「そ、そうかな」  でも……確かにそうかもしれない。  喜怒哀楽が自然に出るようになってきたのは自分でも感じていた。この月影寺にやってきて、よく笑うようにも怒るようにもなれた。もう前みたいに偏った感情だけでない。それが嬉しいよ。 **** 「じゃあ、安志と涼はこの部屋を使ってくれ」  月影寺で夕食を皆で楽しんだ。その後、洋に通されたのは、寺の宿坊の1室だった。6畳ほどの和室でこじんまりしているが、よく手入れされていた。  布団が既に二つぴったりと並んで敷かれているのが、なんだか照れ臭いな。 「洋、今日はいろいろありがとうな。涼は最近疲れていたんだ。モデルの仕事が軌道に乗ったのはいいが、いろいろ気を遣うことが多いし、自由な外出もままならなくてさ」 「そうみたいだね。お酒も飲んでないのに、こんなに熟睡しちゃうなんて」  洋の新しい家族に歓迎されて早い時間から酒を飲んだせいか、俺の方もほろ酔い気分だ。洋が新しい家族に本当に愛されているのが手に取るように分かり、俺も涼も幸せな気持ちで満たされた。  賑やかな笑顔と笑い声が絶えない宴会で、理解ある両親のもと、洋も明るく笑っていた。  屈託のない笑みにホッとした。本当に……あの洋が声を出して笑うなんて珍しいから。  そういう姿を……最近よく見せてくれるようになった。  幼い日々、無邪気に笑いあって公園を走りまわっていた頃を思い出す。  洋はもう大丈夫だ。ようやく落ち着ける場所を見つけたのだと思うと、胸がじんとした。 「涼は起きないね」 「あぁ」  横抱きにして連れて来た涼を、そっと布団の上に下ろした。 「目を瞑っていると、本当に洋に似ているな」 「そうかな? もう安志の……涼だな。まだまだ幼い所もあるけど、頑張っているよ」 「あぁ、すごい頑張り屋だよ」 「……よかったら、ずっと傍にいてやってくれ」 「もちろんだよ」  そう答えると、洋は嬉しそうに花のように笑った。  洋にとって血の繋がった大事な従兄弟の涼は、俺にとってもかけがえのない人だよ。  洋が帰ってから、俺も涼の隣で眠った。  ぐっすり眠っている涼は目を覚ますことはなかったが、俺の腕の中に抱き寄せた。ほっそりとしたまだ少年のような躰を抱きしめ、うなじにキスをすると甘い香りが漂った。  こんなにも綺麗で可愛い子が、俺のことを好きでいてくれるなんて、まだ……夢みたいだと思うことがある。  俺は涼からの愛と同等のものを、ちゃんと返せているだろうか。  まだ若い涼とクリスマスに誓ったように、お互いに歩み寄って過ごす1年にしたい。  まるで涼の甘い香りに誘われるように、深く穏やかな……幸せな眠りに落ちていく。  今年、初めての夜は……とても幸せだ。
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