『月のため息』(安志&涼)3

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『月のため息』(安志&涼)3

 安志と涼がやってきた翌日は、皆で流さんお手製のおせち料理をいただいた。そして朝食が終わると、安志と涼は炬燵に移動し、仲良く蜜柑を食べていた。ニューヨーク育ちの涼には、炬燵が新鮮なようだった。何やら二人で小突きあって、笑っているのが微笑ましい。  俺は流さんに和服を着付けてもらって、再び二人の前に顔を出した。 「わぁ、洋兄さん、すごくいい。和装姿初めてみたよ」 「ありがとう」 「へ、へぇ……洋が珍しいな。そんな格好するの」 「あぁ、今日はお寺の手伝いで、今から翠さんたちの助っ人に入るんだ。それで……お前たちはどうする? 涼はあまり人目に触れるわけにはいかないしな」 「それが……実はさ、俺はこれから少し実家に顔を出さないといけなくて。その、まぁ流石に正月だしな」 「……そうか。涼はどうする?」 「……涼は面が割れている有名人だし、ちょっとまずいからここに置いていくよ。今日は五月蠅い親戚も多いからさ。涼、ごめんな」 「……」  涼は少し寂しそうな表情を浮かべていた。そりゃそうだろう。本当は一緒にいたいよな。一緒に安志の家にも行ってみたいだろうし、でも今はまだそれは難しいのだろう。  安志の気持ちも涼の気持ちも両方分かるので、少し切なくなってしまった。  でもこれはデリケートな問題だ。安志の家はお母さんは理解があるが、お父さんは生真面目な方だ。俺が事実上の同性婚をしたことも、お父さんはまだ知らないそうだ。  涼の方もまだ学生の身分だ。NYの涼の両親から、学業優先で大学は卒業して欲しいのでしっかりと見守って欲しいと俺も頼まれているし……焦っても仕方がないことだ。 「涼は……じゃあ、俺の手伝いをしてくれるか」 「え? でも……」 「大丈夫、茶室の裏方なら顔も見えないし」 「悪いな、涼。実家で新年の挨拶をしたら、すぐに戻ってくるからな」 「うん! 大丈夫だよ。洋兄さんの手伝いをしているからゆっくりして来て……なんなら泊って来てもいいよ」 「えぇ……っ、そんなこと言うなよ。寂しくなる。俺は涼と一分一秒でも長く一緒にいたいのに」 「安志さん……」   ****  初詣の人で、月影寺の境内はいつになく賑わっていた。  俺は流さんの言いつけで和服で茶室の手伝いをすることになっていたので、涼には茶室の裏方を頼んだ。 「おぉ! 洋くん来たな。よしっ和服似合っているぞ。さぁ茶筅の使い方教えてやろう」  茶筅って……ギョッとしてしまった。まだそれを言う? 「も、もうっ、言わないでくださいよ。さっきのアレは忘れてください!」 「ははっ、あんなものを月影寺に持ち込んだ罰だ!」 「本当にすいません」 「……でもな、あれは翠には絶対見せんなよ」  流さんは楽しそうに話してはいたが、少しだけ瞳の奥に切なさを浮かべていた。   「洋兄さん、やっぱりやっぱり……ごめんなさい。僕、兄さんに恥をかかせたんだね」 「もう、怒ってないよ」  涙目になっていく涼の頬に優しく触れてやると、涼はキラキラと瞳を輝かせた。可愛い弟のような君には、つい甘くなってしまうな。 「へぇ、絵になる光景だな。茶室の看板娘のように……」 「な、なりませんよ」  そういう流さんだって、今日は作務衣ではなくビシッと和装姿で決まっている。いつもより更に凜々しく、男前だ。そしてその奥でお茶を点てている翠さんは、翡翠色の和装で蓮の花ように凜として楚々として美しい佇まいだ。  本当に、この二人はお似合いだ。  番いの鳥のように、いつも一緒にいて欲しい人たちだ。  今年も来年も、永遠に――
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