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『月のため息』 (陸&空) 海を越える恋
ニューヨーク・冬
夏の間に、俺は夢中で渡米の準備をした。
皆に惜しまれつつも、日本でのモデルの仕事はすべて辞めた。引っ越しの準備と並行し語学スクールに通いながら、渡米の日を待った。
そして9月に入る少し前に、単身で渡米した。
ニューヨークに一足先に行っていた母と車椅子の父が空港まで迎えに来てくれた時は、気恥ずかしさとずっと憧れていた光景を目にして、不覚にも涙腺が緩んでしまった。
「……ただいま」
「お帰り」
なぜか、そんな会話を交わした。頼るつもりなどなかったのに、なかなか見つからない勤め先を、父のツテで紹介してもらった。
それからは言語の違い、文化の違い、肌色の違い。いろんな違いに揉まれながら切磋琢磨の日々だった。そしてようやく一息つけたのがクリスマス休暇で、年明け2日まで長い休暇に入っていた。
新しい年を迎えるために、自宅で、両親と住み込みで父の世話をしているKentという用心棒みたいな秘書と一緒に、年越しのパーティーをした。
とうの昔に失ったと思っていた『団欒』という言葉。それが今目の前にあることが、まだ信じられなかった。
お互い昇華しきれていないものはまだあるが、今はとにかく生きている限り、前に進んで行こうと思っている。
「陸、あなたも食後のコーヒー飲む?」
「ありがとう。母さん」
マグカップに入った熱いコーヒーを受け取り、一人窓辺に佇んで、新しい年を迎えたばかりの街を見下ろしていると、ポケットの中のスマホが揺れた。
着信を見ると、日本に残して来た……空からだった。
ずっと連絡がないと思ったら、今頃か。
「もしもし……」
話しながら俺はそっとリビングを抜け出し、自分の部屋に戻った。
「陸、久しぶり。あの、明けましておめでとう」
「空、お前なぁ……今頃連絡を寄こして、今どこだよ」
「……パリ」
「はぁ?」
「雑誌の特集でずっと海外だった。陸に連絡したかったんだけど…本当に忙しくてごめん」
「全く心配かけやがって、まぁそんなことだろと思っていたよ」
空は、仕事でパリにいたのか。一瞬戻った日本で会えなくて、がっかりしたとは口に出せなかった。
ニューヨークとパリの時差は6時間ある。こちらは元旦の0時15分。ならば向こうは明け方か。
ふっ……律儀な空らしい。新年明けてすぐに電話をくれたことになるな。
「実は……クリスマス前からずっとこっちにいて、スタッフが急にインフルエンザで来れなくなったので、その分の仕事も被ってバタバタだったんだ。ごめん。こんなの言い訳だよな」
「いや謝るな。こっちだってろくに連絡出来ていなかった」
「……陸は新しい生活を頑張っているから」
「馬鹿、頑張っているのはお互いにだろ。俺達付き合っているんだぞ」
「えっ……」
「コホン……その、まだ何も進展してないが」
あれは七夕の洋の結婚式の日だ。北鎌倉の寺の庭で、俺は空にプロポーズのようなことをした。インテリアデザイナーとしての資格を活かして、本場のデザイン事務所で経験を積みたいと告白し、2年間待っていてくれと言ったのだ。
「う、うん」
電話越しに、空の緊張が伝わって来る。
「お前って、本当に馬鹿みたいに真面目だよな」
「なっ、なんで……」
「この電話だって、わざわざ時差を考えて電話してくれたんだろう」
「うっ、迷惑だった?」
「馬鹿! そんなことしたら、俺が枯れるだろっ」
「かっ、枯れるって…な……に…」
明らかに動揺しているのが伝わってくる。
つい揶揄いたくなるほど可愛いよ……空。
「なぁ、空は年末年始の休みを返上して仕事してるんだろう。ひと段落したらニューヨークに遊びに来いよ。俺が会いたくて堪らないんだよ、空に」
「陸……あの、いいのか。2年待たずに会いにいっても?」
「お前は俺の恋人なんだから当たり前だ」
「行く、行くよ! 陸に会いに」
空の弾んだ声が、心地良い。
好きな人の嬉しそうな声ってずっと聴いていたくなるもんだな。
俺は今までこんなに優しい恋をしたことがあっただろうか。
耳を澄まし、相手の声を、ただ愛しく聴くだけで幸せになる恋を……
「あぁ、来てくれ、お前を抱きしめたい」
新しい年を迎えた、俺達。
今年は丸ごと1年間、空を愛せるんだな。
この先もずっとそのつもりだ。
「陸。ありがとう」
「なぁ、あれしてくれよ」
「なに?」
「電話越しのキスってやつ」
「は? そ、そんな若い子みたいなことは出来ない」
「何言ってんだよ、俺達の恋はまだ1年未満のホヤホヤだ。じゃあ俺がするよ」
「えっ」
「空、愛してる……」
リップ音を立てながら甘く囁くと、パリにいる空の息遣いが艶めいて聴こえた。
もどかしいな。もしかしくてしょうがない。
こんな恋も、初めてだ。
「海を越える恋」 了
あとがき(不要な方はスルー)
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今日は久しぶりに、陸と空のその後を書いてみました。
この二人は二人でまたいいですね。どちらかというと陸視点で書くことが多いです。他のカップルとは少しだけ雰囲気も違いますが、しっかり結びつけてあげたい大人の二人です。このカップルのことも応援して下さる方がいらっしゃるといいな~♡
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