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安志&涼編 『僕の決意』16
涼のマンションの最寄り駅には、順調に到着した。
腕時計を確認し、俺はニッと笑う。このまま走れば……あと五分で涼に会える。そう思うと気分も上々だ。
まだ朝早いので駅は人もまばらだったが、改札口の手前で大柄な外国人とすれ違った。スーツケースを軽々と押す金髪碧眼の若い青年だった。
見事なブロンドヘアが朝日に輝いて妙に目立っていたので、つい目で追ってしまった。涼の住む駅は恵比寿といって、外国人が歩いているのは珍しくもない土地柄なのに、何故だろう。
コイツ……絶対に何かスポーツやってんな。おそらくアメフトとかそういう感じ。いい体格だ。西洋人と日本人との体格差をまざまざと見せつけら、勝手に悔しくなってしまう。
触れ違いざまに、フフンと鼻で笑われたような気がして、対抗意識が湧いてしまった。
というのも涼は、人生の大半の時間をN.Y.で過ごしていたわけで、こんな風に体格のいい男を見慣れていると思うからだ。きっとこんな奴がごまんと涼の傍にいたのでは…涼……綺麗だし、モテただろうな。あんな可愛い日本人がいたら、きっと男も女も放って置かないよな。
くそぉ、俺も負けてらんない。もっと鍛えないと!
今年はジムにでも通うか。
おっと、こんなことに気を取られている場合じゃない。早く涼のところに行こう!
そう思って改札を抜けて走り出した。
あれっ……あの後ろ姿って、もしかして涼?
見間違えるはずがない。涼が駅とは逆方向に向かって歩いていた。つまり自分の家に戻る所らしい。なんでこんな朝早くに? と疑問が湧いたが、とりあえず追いついて呼び止めた。
「涼! 」
「わっ! えっ! びっくりした。なんで安志さんが」
涼の方も振り返ったら俺がいたことにかなり驚いたようで、目を大きく見開いていた。
「それはこっちの台詞。今帰ってきたのか。昨日の仕事って一体……」
そこまで話して、猛烈に心配になってしまった。
「ちょっと、こっちこい」
「え?」
涼を人気のない路地に連れ込んで、両肩を掴んで、頭から足元まで隈なく確認した。怪我していないか……変わりないよな。
「なっ、何?」
涼は狼狽して、顔を赤らめている。
「いや……その、今頃帰ってくるなんて、昨日何かあったのかと心配になって」
「違うよ。えっと……駅まで見送りに来ていたんだ。それで一旦家に戻って荷物を取って、北鎌倉にすぐに行こうと思っていた所。安志さんが迎えに来てくれるなんて驚いた。いつもは人目を気にしているのに」
「見送りって誰の?」
「あっ昨日、急な仕事でマネージャーに連れて行かれたのが、僕が広告モデルをしたあの時計会社の社長宅の内輪のパーティーで……」
「なっ、なんだって? 社長宅の内輪のパーティー? おい、それって大丈夫なのか。なんかこう涼の美貌は、いろんな意味で心配の種だよ! 」
涼も俺の心配を察したようだった。
「違うって、そんないかがわしいのじゃないって。その、実は……僕のハイスクール時代のクラスメイトが僕のことずっと探していたらしく、そいつがわざわざ日本に来ていて……その仲介をしてくれたのがその社長の息子だった。本当にどこにどんな縁があるか分からないね」
「……何だ、そうなのか」
いや待てよ。なんで男が男に会いに、わざわざ新年早々来日するんだよ。
「ちょっと待て? そいつは何で来たんだ? ってか、そいつを見送るのが、なんで涼の最寄り駅なんだよ」
そこまで言って、さっきすれ違った金髪碧眼の青年のことを思い出した。
も、もしかしてアイツか!!
「安志さんっ、おっ落ち着いてよ」
「あっ悪い、なんかひとりで興奮してた」
なんかひとりで突っ走ったような。あぁ、かなり大人げない。
「ううん、心配してくれてありがとう。結論から言うと友達だよ。決して変な関係じゃない。大丈夫」
涼はまるで自分自身に確認するかのように、そう断言した。もう一つ気になっていることを聞いてみた。恐る恐る……
「もしかして……昨夜……涼のマンションに泊まった?」
「……あっ、うん……」
ガツンっと頭を打たれた気分だった。
うわ……俺、今どんな顔してる?
「……そっか」
「あっあの……友達だからそういうことしてもいいと思ったんだ。安志さんだって大学の頃、男同士で雑魚寝とかしなかった? でも、気に障ったなら、ごめんなさい」
しゅん……と涼が申し訳なさそうな顔をしたので、胸がズキっとした。
「うっ……」
それは俺だって山ほどした。サークルの合宿とかで普通に雑魚寝したよな。俺、あの頃、かなり自暴自棄だったから、他にもいろいろ……ううう。
涼が更に悲し気な表情を浮かべた。
新年早々こんな顔をさせるために、迎えに来たんじゃない。だから猛烈に反省した。
涼が何もなかったというのなら、それが真実だ。その過程がどうであれ、結果そう言い切れるのなら、それを信じたい。俺がしてきたことを棚にあげて、最低だな。俺って涼のこととなると本当に心が狭くなる。
「涼、悪かった。さぁ出かける支度して来い。北鎌倉に戻ろう!」
「うん!」
もう気持ちを切り替えよう。大学生の涼と社会人の俺とでは、感覚が違うのが当たり前だ。何もかも思う通りにはいかないものだ。
「安志さん、少し待っていて。もう準備してあるから、すぐに戻るね」
涼の気持ちもようやく晴れたようだ。いつもの涼らしい甘く爽やかなスマイルが漏れてほっとした。
「おぅ!」
嬉しそうに走り出す涼の後ろ姿を見て、やっとほっとした。
危なかった。
なんかすれ違ってしまいそうで怖かった。
全く……新年早々、冷や冷やのスタートだ。
お互いの心をしっかりキャッチしておかないと……ダメだな。
****
俺達はまた電車を乗り継いで北鎌倉の月影寺にやってきた。
そのまま洋の新しい家族に昨日に引き続き歓迎され、早い時間からまた酒を飲んだせいか、俺の方もまたもやほろ酔い気分だ。今日は粗相しないように気をつけねば!
それにしても、やっぱり今日も洋が新しい家族に心から愛されているのが手に取るように分かり、俺も涼も幸せな気持ちになった。
賑やかな笑顔と笑い声が絶えない宴会。理解ある両親のもと、洋も心から明るく朗らかに笑っていた。その様子を見ていた涼が密かに涙ぐんだ。
「涼……もしかして泣いてるのか」
「あっ、だって……洋兄さんがあんなに明るく笑って……楽しそうに、声を出して笑っているから……こういう光景を見たかったんだ。ずっと……あのフェリーで会ってから……探していた。よかった、洋兄さん……」
「あぁ、そうだな」
ずっと年下の涼が心配し続けた洋は、今は幸せになった。その様子を涼と一緒に見ることが出来てよかった。
「ふぁ……洋兄さんの顔を見てほっとしたのかな、猛烈に眠くなってきた」
「じゃあ、もたれていいぞ。俺が部屋まで連れて行ってやるから安心しろ」
「うん……昨日……あまりよく眠れなくて」
「何で?」
「……うん……」
涼は理由は告げずに、そのまま俺の肩で眠ってしまった。
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