慈しみ深き愛 16

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慈しみ深き愛 16

   月影寺……  納戸に入って見渡すと、棚の高い所に母の雛人形の箱らしきものが見えた。   「あれだな。えっと……届くかな」  頑張って背伸びしてみるが、指先が箱の角を掠めるだけで届かなかった。 「う……もう少し……」  さらにぐっと背伸びしてみるが、爪先が痛くなるだけでやっぱり届かない。仕方が無い……脚立を持ってくるかと、諦めてため息をついた。  するとすぐ後ろから、長くて大きな手が伸びてヒョイっと箱を取ってくれた。  誰が後ろにいるかなんて、振り向かなくても分かるよ。 「流! ありがとう」 「兄さんの背じゃ最初から無理だろ、そんな背伸びしても届かないのに……可愛いな、さっきから」  どこか嬉しそうに流が笑う。  いつからだろう、流が僕を、手取り足取り世話してくれるようになったのは。  一時期は口も聞いてもらえなかったし目も合わせてもらえず悲しかったのに、今では、いつも僕を見守ってくれ、一番傍にいてくれる。なんと幸せなんだろう。 「お前は本当に背が伸びたよな。あっ、まさか、まだ伸びているのか」 「おいおい、30代の男に何を言うんだ? 俺はさ、ずっと兄さんの役に立ちたくて、必死だったんだぜ。背だって絶対兄さんより10cmは高くなると決めていたしな」 「決めていたって? 背丈は……そんな自由には出来ないだろう?」 「いや、願えば叶うんだ」  どんな願いを、いつから抱いていたのか。それは聞かない。  聞くまでもないよ。きっと僕も同じ願いを潜在的に持っていた。 「そうだね、僕も流より背が低くてよかったと思うよ」  流の胸に、そっと背中を預けると、流に優しく抱きしめられた。 「流、今日は、大人しいな」 「納戸で暴れたら、家宝を壊して、母さんに叱られるだろう」 「くすっ……」  なんだか目に浮かぶので、楽しい気持ちで僕も流に身体を預けた。 「あぁ、いいな。翠は今の身長がベストだ。俺と並んだ時のバランスがいいんだ。こんなことも出来るしな」  どこまでも僕に甘い翠の甘い妄想は、その男らしい豪快な外見とかけ離れていて、なんだかおかしくなってしまった。 「あーあ、お前の脳内がそんなだって知ったら、檀家さんが、さぞかし、がっかりするだろうな」 「それでいいんだ。俺の躰は翠を愛するためだけに、出来ている」 「はっ……恥ずかしいを」 「ふっ、こんな風に、恥ずかしい目にも遭わせられる」 「んっ――」  突然熱い舌で首筋をすっと辿られて、ドキドキした。そのまま流が僕の肩に顔を埋める。 「兄さん、兄さん……兄さんだったのに、今は俺のもんだ。俺の翠だ。こんな風に触れてもいいのが嬉しいよ」  あまりにストレートな告白に、耳まで真っ赤になるのを感じた。 「好きだ……翠、愛している」  納戸というある意味密室な場所で、熱い舌で弱い首筋を刺激され……熱い言葉をどんどん捧げられ、もうクラクラしてしまう。駄目だ、これでは、また薙に呆れられてしまうな。 「りゅ……流……さぁ早く雛人形飾ってみよう。もう行くよ」 「なんだ? これからだってところで……もう兄貴面か」  そんなにつまらなそうに言っては駄目だ。  我慢できなくなるのは僕も同じだから……さっきからずっと自制しているのだから。   「翠、一度だけ、口づけだけでいいから」  低い声で囁かれ、腕を掴まれれば拒めない。  僕の方から、流の胸に飛び込んだ。  そして背伸びして、唇を重ねた。 「わっ」  驚いたの流の方だった。目を見開いて、一旦僕の身体を離した。 「ふ……不意打ちだ」 「りゅ……流が欲しいって言うからだ」 「嬉しいよ。これは、お返しだ」 「ああっ――」  深く強い口づけが、僕に届く。弟からの激情を受けると、心も身体も震え、全身が喜びで溢れる。 「流……流……僕も愛している」  
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