花を咲かせる風 40

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花を咲かせる風 40

「……信一ですが」 「あなたの……みょ……名字を教えて下さい」  緊張のあまり、身体が強張ってしまう。  紳士の口がゆっくりと開くのを、じっと目で追った。     「……浅岡だ。浅岡信一だ」  あぁ……やはり。  俺の父と、一文字違いだ。  まさか、そんなことがあるのだろうか。  今の今まで、父の肉親には会ったことがないのに。  葬式にだって、誰も来なかったのに……  これも……夢か幻なのか。 「では……あなたは浅岡……信二をご存じですか」 「信二だと? ……信二は10歳も年の離れた弟だった……」  やはり!  あまりの衝撃に立っている足がガクガクと震える。  丈が支えてくれていなかったら、倒れてしまいそうだ。  いや、ここで倒れるわけにはいかない!  俺の踏ん張り時だ。    「それより君は一体何者だ? そもそも何故男なのに女装を? それではまるで……父が臨終を迎える瞬間に会いたがっていた夕凪さんのようだ」  頭がついていかない。  そこに夕凪の声が降りてくる。  夕凪、君の切なる願いが俺を真っ直ぐに貫いていく。  ……    まこくん。  君が俺の実子だったら、あんな残酷には引き離されなかったのではないか。  何度も何度も……後悔したよ。  もしも俺と信二郎の子供だったら、今生で離れることはなかったのでは?  俺は男で、今まで女の身体になりたいと思ったことはない。  ただ君の母には……なりたかったよ。  いつか生まれ変わったら、俺が君の子供になってもいい。    だからどうかお願いだ。    俺の傍にいて欲しい。    今生では叶わなかった血縁。  喉から手が出るほど、今はそれが欲しい。  こんな願いは不毛か、おかしいか。    天地がひっくり返るような願いか。  それでも構わない。    俺は間もなく……寿命を全うする。  俺を20年に亘り、愛し尽くしてくれた信二郎を残して先に逝かないとならぬ。  生涯を共にしようと約束したのに……道半ばで消える俺を許しておくれ。  嘆く信二郎に、ひとつの希望を残してやりたい。  どんな形でも、俺たちは再び出会い、今度こそ家族になると。    そんな希望を。  カロン、コロン―― 「おかあちゃま、はやく、はやく!」 「まこくん! そんなに走っては危ないよ」 「あっ! おとうちゃまもいます。あそこに!」  雲の向こうには、信二郎さんが立っていた。 「夕凪、まこ! おいで……随分待ったぞ」  両手を広げて、笑っている。  三人は抱き合って微笑みあって……静かに昇天していく。 8a8ce0e8-79a5-4c33-9572-43b548e449b0  俺も彼らに吸い込まれそうだ。  身体がふわりと浮いた瞬間、背後から丈に力強く抱きしめられた。 「洋、しっかりしろ! 行くな!」  正気に戻ると、俺は天高く手を伸ばしていた。  信一さんが……そんな俺を見て、絶句していた。  あなたにも見えたのですか……  昇天していく彼らの姿が。 「君は……まさか……」 「俺は……信二の息子の洋です」 「信二に……息子だって?」 「……これが証しです」  手に残った父さんの制服のボタンを差し出すと、紳士は目を見開いて胸ポケットから何かを取り出した。  俺には何が出てくるか分かっていた。 「これは……信二と分け合ったボタンだ」 「はい……知っています。信さんが託したのですよね。もう一つは信さんの棺に」 「何故、それを知って?」 「……信じてもらえないかもしれませんが……邂逅したからです」 「信じられないが、いや……信じられる。君は……父が思慕の念を抱き続けた、あの写真の中の夕凪さんと瓜二つだから」 少し話をしようと、俺たちは信一さんの家に招かれた。   あとがき(不要な方は飛ばして下さい) **** とうとう洋は父の足取りを掴みましたね。 祖父には残念ながら会えませんでしたが、お父さんの兄……伯父さんには会うことが出来ました。明日以降種明かしをしていきますが……ここまでの家系図をまとめたのでどうぞ! 洋の父親の名前を『信二』と名付けた時から、実は『信二郎』との関係は決めていました。 それからまこくんは享年94歳と……大往生でしたが、夕凪は胸の病の影響で、50歳前に美しい姿のまま……他界していました。信二郎が70代後半で亡くなる時に、夕凪の享年を意図的に変えたようです。(お墓に刻まれた年代が違う理由です) e30aeb68-304b-4f10-9a3a-67c51b510ada    
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