新春特別番外編 雪の毛布 2

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新春特別番外編 雪の毛布 2

「翠、行ってくる! そうだ、任務遂行の褒美は何だ?」 「え? 今のが……そうじゃなかったの?」 「今のは、景気づけだ!」 「えぇ?」  俺は子供みたいに強請ってしまう。  今年初めての、翠の身体が欲しいと。  口づけで一気に欲情したとは言えないが。  翠は俺の意を汲んだようで、頬を染めて色気をそこはかとなく漂わせていた。 「流……雪見障子からの雪景色は……きっと見事だろうね」 「なるほど、離れの茶室で、雪見をしながらか」 「ん……そういうこと」  直接的に誘うのではなく、風情を添えてくれる翠が好きだ。 「よしっ、約束だぞ! じゃあ雪かきしてくるよ」 「うん、行っておいで」  山門の階段に行くと、小森がすごい勢いで雪かきをしていた。 「ずいぶん、張り切っているな」 「それはもう、お饅頭のためなら!」 「現金な奴だなぁ……」  そういう俺も翠の褒美を想像すれば、さっさと終わらせてしまいたくなる。 「小森、手分けして早く終わらせようぜ」 「はーい」 「あっ、そう言えば……」 「はい?」 「いや、こっちの話だ」 ****  お寺にクリスマスは関係ないが、今年は僕から兄弟や弟子に贈り物をしたくなり、京都の一宮屋に依頼して和モダンなマフラーを作ってもらった。  京友禅の技法で一枚ずつ丁寧に染めあげたウールのマフラーは、色合いも深く素晴らしい出来だった。  小森くんには小豆色、流には若竹色、丈と洋くんには月夜の湖のような瑠璃色のマフラーをお願いした。  僕の着る物は全て流に任せているので、自分で選ぶのは久しぶりで新鮮だったな。  さてと小森くんたちが戻って来る前に、おやつの支度を。  庫裡に行きおやつの戸棚を開けると、中にあったはずのお饅頭が跡形もなくなく消えていた。 「え?」  そこに寝起きの薙が通り過ぎる。 「薙、ここにあったお饅頭を知らない?」 「おやつの戸棚の?」 「そう……沢山あったのに」 「あぁ、おれの腹の中」 「えぇ? 全部食べちゃったの?」 「だって、おやつの戸棚のものは自由に食べていいって、夜更かししたら腹が空いたんだ」 「そ、そう」  困ったな。あんなに楽しみにしているのに。 「おれ、買ってこようか」 「お正月でお店はお休みだよ」 「そっかー、父さん、ごめんなさい。父さんがそんなに饅頭好きだって知らなかったんだ」 「え?」 「違うの?」 「違うよ!」 「あぁ、そっか、父さんが好きなのは、りゅ……」  薙はそこまで口にして照れ臭そうに消えていった。 「も、もう……あの子は」  しかし困ったなぁ。  小森くんに、ご褒美はお饅頭だって言ってしまったのに。  約束を守れないのは、住職として面目がないよ。  途方に暮れて庫裡に佇んでいると、息を弾ませた小森くんが戻ってきた。 「住職さまぁ~ これ見てくださーい」 「なんだい?」 「雪饅頭ですよ」 「?」  嬉しそうに見せてくれたのは、雪で出来たお饅頭だった。  遅れて戻ってきた流が目配せするので、わざと大袈裟に反応してみることにした。 「わ、わぁ……すごいね! なんてリアルなんだ!」 「ですよね! 流さんが作ってくれたんです! 本物みたいに美味しそうで、あーなんか僕……今日はもうお饅頭はこれで満足です。違うおやつありますか」 「あ……えっと……最中でもいいかな?」 「わーい! やっぱりあんこですね!」  小森くんの目が再びキラキラと輝く。 「流、助かったよ。薙が全て食べてしまって困っていたんだ」 「だよな。俺もさっき気付いたのさ。で、小森の気を紛らわせようと、雪で饅頭を作ってやったら、案の定大喜びでさ、しめしめ」 「ふふっ、本当にリアルに出来ているよ。ホスピスの氷像もすごかったけれども、流は雪も自由に操れるんだね。流石……僕の流だな」  手放しに誉めると、流は湯たんぽを抱えているようにポカポカした顔になった。流の満足げな顔を見るのが、密かに好きなんだ。だから嬉しいよ。 「翠は俺をおだてる天才だな。よし! 今宵は雪見酒も用意するか」 「そうだね。大晦日から働き詰めだったから、少し嗜もうか」 「離れに持っていく」 「うん。さぁ参拝客が押し寄せるよ。夜まで頑張ろう」 「おぅ、人参ぶらぶらだー!」 「りゅ、流!」  今度は僕が赤面する番だ!  
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