翠雨の後 40 

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翠雨の後 40 

「よーし、じゃあ兄さん、力を合わせて頑張ろう! 「あぁ」 「まずは材料からだね。挽肉を探してもらえる?」 「了解」  自慢じゃないが、俺はかなりの料理オンチだ。だが材料を探すことくらい出来るはず。 「これかな?」 「やだな兄さんってば、これはマグロの赤身だよ」 「え? 魚だったのか」 「挽肉だよ」 「あぁ、細かいのか」 「そうそう」 「何で焼こうかな?」  涼は棚を開けてホットプレートを探しているようだ。  俺はもう一度冷蔵庫と冷凍庫を隈なく探し、自信を持って挽肉を渡した。 「はい!」 「え? これは鰯のつみれだよ。ここに書いてあるよ」 「……本当だ」 「えっと、僕が探すね」 「えっと、目が悪くなったかな?」 「それだ! きっとそうだよ! 兄さん、いつも細かい字ばかり見てるものね」  涼は俺が料理オンチだとは思わないようで、鼻歌を歌いながら冷凍庫や冷蔵庫を覗き、材料を取りだした。 「ここのキッチンってすごいね。ありとあらゆる材料が揃ってる。まさかハンバーガー用のバンズまであるとは! 豚挽きと牛挽きがあったから、本格的なのが出来るよ」 「そうなんだね。流さんが翠さんの要望に隈なく応じるために、材料で冷蔵庫はいつもパンパンだよ」 「ふぅん、翠さんって不思議なオーラがあるよね。繊細そうだけど凜としていて素敵だ」 「うん、月影寺にいる人はみんな魅力的だよ」 「分かる! その中でも兄さんが一番かっこいい!」 「おいおい、そんなに褒めても何も出てこないぞ」 「えー あとで英語教えて」 「ははっ、いいよ」  涼は手際よくハンバーガーのパティを作り出していた。  へぇ器用だな。  俺にも混ぜるくらい出来そうだ。 「涼、俺も手伝うよ。えっと確か……卵とパン粉だっけ?」 「ありがとう。でも、これは本場っぽく挽肉だけを作るんだよ」 「ふーん、いろんな作り方があるんだな」 「兄さん、一緒にパティを作ろう」 「わかった!」  以前は卵を割るのを失敗したり、パン粉を入れすぎたりして散々だったが、この作り方はシンプルだ。これなら俺にも出来るかも! 「に、兄さん……そんなに薄くしたらクレープだよ?」 「え? あぁ、そうか」  涼がじっと俺を見つめている。  何か言いたそうだ。 「どうした?」 「あ、あのさ……もしかして、もしかして……兄さんって、料理だめ?」 「んー やる気はあるよ」 「ははっ、兄さんらしいや! パティは僕が作るから、兄さんはレタスを洗っておいてくれる?」 「うん」  洗うくらいなら出来るはずだったが、レタスがコロコロ、コロコロ転がっていく。 「兄さんー レタスで遊ばないで」 「遊んでないよ。真剣だ」 「はは……ちょっと早く誰か帰ってこないかな……」 「助手いる?」  涼がブンブンと首を縦に振る。 「小森くんを呼んでくるよ」 「誰でもいいからヘルプー」  廊下に出ると、こもりくんが丁度立っていた。  お腹を擦ってしょんぼりしている。 「どうしたの? お腹痛いのなら、丈に連絡するか。その位置だと下痢か」 「ち、ちがいますよーだ! あんこ不足なんです」 「悪い! 手伝いをしてくれたら、あんこ買ってあげるよ」 「やります! やりますとも! あんこのためなら~」  小森くんのパティを伸ばす手付きは、素晴らしかった。 「へぇ、小森くんだっけ? やるなぁ」 「あんこのためなら、やんやこら」  パティ作りを小森くんに任せた涼が、庭の小屋からBBQセットを見つけてきた。 「兄さん、やっぱりキャンプセットもあったよ。炭火焼きにしたいな。庭でやっていい?」 「もちろん!涼は何でも出来るんだね。兄さん誇らしいよ」  庭先で、にわかBBQパーティーも悪くないな。  僕は料理を手伝うのは諦め、ポスターを作った。 『Congratulations on starting high school!』  ところがポスターを書いている途中に、ふと嫌な過去を思い出してしまった。  ペンを持ったまま立ち尽くしていると、涼が声をかけてくれた。 「兄さん、どうしたの?」 「涼、よく考えたら、入学式の後って普通は家族で外食をするんじゃないか」 「……日本ではそうなの?」 「だからこんなに準備しても……全部無駄になってしまうかも。ごめんな、涼」  俺はそうだった。  義父に行きたくもないフランス料理の個室に連れて行かれた。  じっと見つめられて居たたまれなくなって席を立つと、手首を掴まれた。  ゾクッとした。 「兄さん? もしそうだったら、僕たち二人で食べちゃえばいいよ」 「え?」 「だって兄さんには僕がついているんだ!」 「涼……」  そうか、俺はもう自由なんだ。  そして涼が無条件に傍にいてくれる。  涼と俺は、なんのしがらみもない関係なんだ。 「そうだな! 小森くんが空腹そうだから、味見してもらおうか」 「そうだね、じゃあ僕、早速、炭をおこすよ」
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