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リスタート 3
「丈、行ってくるよ」
「あぁ頑張れよ」
今日から一人で外出だ。昨日はあれからデパートで沢山洋服を揃えてもらった。俺は男のくせに、なんだか不甲斐ないものだ。早く独り立ちして、丈と対等に接することが出来るようになりたい。五歳年上の丈は、いつだって俺より大人で落ち着いていて、頼りになる。
守られている……そう感じることばかりだ。
だが俺にも欲が出てきたのか、それは男としての性なのか、守られてばかりではなく、丈を守れるとまではいかなくても、一人でちゃんと立っていられる位に、まずはなりたいよ。
地図を片手にメトロを乗り継ぐが、相変わらず電車は苦手だ。高校時代の嫌な思い出があるからだ。俺はアメリカで暮らしていた時そうしていたように、わざと帽子を目深に被り躰の線が出にくい洋服を選んだ。自意識過剰だとは思うのだが、残念ながら腕っぷしも強くない俺が、余計なトラブルを未然に防ぐ方法はこれしかない。
この嗜虐性を煽るらしい女みたいな顔を隠し、男にしては華奢過ぎる躰の線を隠し、こんな風に一人で異国の乗り物に乗っていると、アメリカでの船を思い出す。そしてあそこに置いて来た俺の大事な従弟のことを。
涼、君はあれからまた大きくなっただろうな。
あそこまで自分に似た人間は見たことがなくて心臓が止まるほど驚いた。それがまさか母親同士が双子だなんてな。涼のお母さんは、俺の母にそっくりだった。
母さん……
瞼を閉じれば、優しかった母の眼差しを想い出すよ。いつも細く白い手で俺を撫でてくれたあの温もりも。涼はあれから何事もなく無事に過ごしているのだろか。
「いつか日本へおいで」なんていっておきながら、俺が日本にいないなんて悪かったな。それでも涼には、きっとまた会える。そんな気がする。メトロに揺られている時間に、涼のことを久しぶりに思い出した。
独りぼっちだった俺を、無条件に愛してくれた可愛い幼い従弟の涼のことを。
****
語学学校で学生証を発行してもらい、案内された教室の前に立って深呼吸した。日本での学生時代もアメリカでも、こういう瞬間は苦手だ。俺の顔を不躾に見る奴、チラチラ盗み見する奴、遠くから見てはいやらしい笑みを浮かべる奴、どうしたって俺のこんな女みたいな雰囲気の顔はそういう視線を生んでしまうのだ。
でも俺には今は丈がいる。
守りたい人、守られたい人がいる。
だからこれからは、もっと堂々としていたい。
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