天つ風 3

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天つ風 3

 俺は母屋にすっ飛んで帰り、伊豆の別荘に滞在中の母さんに速攻電話をした。 「母さん!」 「なぁに、その慌てようは」 「す、す、す、す……す」 「す?」 「あ、あのさ、翠兄さんの学ランって、まだ取ってある?」  電話の向こうの母さんの鼻息が荒くなる。 「流ってば、やっと聞いてくれたのね。いつか絶対にあなたは聞くと思ったわ。で、何するつもり?」    母さんってさぁ、絶対何かの読み過ぎだろ? いや書き過ぎか。  寺育ちのくせに、節操もない煩悩塗れだ。  ん? それって誰かさんみたいだぞ?  誰かって……まさか、俺か!  やだやだ、俺のこのボンボンノウって母さん譲りかよ。  無言になっていると母さんが電話の向こうで笑った。 「ふふっ、まぁいいわ。あとは作家の仕事よ。妄想、妄想っと」 「おい! で、どこにあるな? また納戸か?」 「違うわよ。衣装ダンスの中よ。ほら例の」 「あんな所に入れたんか」 「コスプレ? するかなって」 「おい! まぁ、いいや、サンキューな」 「あ、ちょっと待って」 「うん?」  そこで母さんが真面目な声を出す。  俺も背筋を正す。 「あのね……翠の具合はどうかしら? あの傷は綺麗になったの?」 「そんなこと、直接聞けばいいじゃねーか」 「あの子が素直に話すと思って? いつだって翠スマイルで『大丈夫ですよ』って言うだけなのは、あなたが一番よく知っているでしょうに。流なら翠の胸元の傷、確認できるでしょう?」  どういう意味だか、ドキドキするな。 「痛い所突いてくるな……安心しろって。もう火傷の傷痕はないし、手術痕なら順調に治っているよ。今年の夏は堂々と水着を着られそうだ」 (いや、待てよ。ダメだ、ダメだ、絶対人目には触れさせられない」 母さんが安堵の溜め息を漏らす。 「よかったわ。でも私の大切な息子に、なんてことをしてくれたのかしら。そして長い年月それに気付かなかった自分が情けないわ。私は母親失格ね」 「……母さんと俺は同じ気持ちだよ。だが怨みは怨みしか生まないから、もうやめよう。アイツはもう二度と近寄らないし、仮にすれ違っても、今の翠ならはね飛ばせる」 「そうなの?」  最近の翠の気は凄い。  研ぎ澄まされた刃のようだ。    己の身が清浄になった分だけ、周囲を自分を守りたいという意識が増して、放つ気がパワーを増したのだろう。 「もう月影寺は結界の中さ、月が雲に隠れるように、月影寺はこの世から隔離されている」 「ついに、その域に達したのね」 「あぁ、だから安心してくれ」  きかっけは学ランの在処だったが、母さんと久しぶりに真面目な話をした。  母さんの想いは、俺に真っ直ぐに受け継がれているから、安心しろ。  翠を守り通すよ。    翠が翠らしく凜と輝いていられるように支えるからさ。 「さてと、学ランを探しに行くか」  立ち上がると、長い廊下の先に、翠と洋の姿が見えた。  ははん、二人とも、猫を抱えて蕩けそうな顔をしていやがる。  それでいい、そうしていてくれ。  温もり持ち寄って、分け合って、兄弟仲良くやっていこうじゃないか。  
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