天つ風 8

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天つ風 8

「んっ……」  まずいな。  布越しに触るだけでは物足りなくなってきた。丈の貴重な制服を汚すわけにはいかないのに……  だが丈を想い湧き上がる熱を押さえ込むことは、俺には無理だ。  少し考えた後、制服のズボンをそっとずり下げた。汚さないように足下まで脱ぐと、足が丸見えになって心許ない姿になった。  ここ最近、丈と長く離れることがなかったので、自分で慰めるのは久しぶりだ。  下着にそっと手をあてると、既にぐっしょりと湿っていた。  なんだか変な気分だ。  俺、これではまるで中高生みたいだ。  俺は思春期に、誰かを思ってこんな風にここが硬く熱くなることはなかった。あの頃は忍び寄る魔の手から逃げることで精一杯で、異性に関心を持つ余裕などなかった。それよりも自分の身体の成長に目を向けるのが怖かった。本能的な性行為への恐怖があったのだろうか、大人になるのがとても怖かった。  ひとりで耐えて生きていくことで、精一杯だった。  いつもならここで気分がズドン急降下してしまうのに、今日は違う。  むしろ、どんどん張り詰めていく。  丈の制服が、俺を鼓舞するようだ。 (生きろ! 私たちは必ず巡り逢うから、信じろ!)  ここに集まるのは、純粋に俺が丈を恋い慕う気持ちだけだ。  そう思うと、先走りにすら愛おしさを感じる。  そんな中、ぼやける視界の中に月影寺の兄たちの顔が浮かんだ。  翠さんと流さんは実の兄弟だが、前世からの切なく悲しくも強い縁を引き継いでこの世にやってきた。俺が思慕の心を持って生まれたように、彼らも叶えられなかった愛を魂に植え付けて生まれたのだ。  二人の恋路もまた長かった。  特に流兄さんは、あの性格だ。思春期の頃、きっとままならぬ恋に身を焦がし苦しんだに違いない。  諦めず、長い年月を経て結ばれた二人の恋もまた尊い。 「あ、うっ……うっ」  指で輪っかを作って、熱心に扱いていく。  俺の身体に絡みつくのは、丈の手だ。  丈だから何もかも許せる。  投げ出せる。  丈がいなかったら、生きていられなかった。  丈がいるから生きていく。  我ながら依存しすぎかと思うが、俺たちの場合それでいい。  記憶の中の丈に、深く抱かれた、      遠い昔ヨウ将軍がそうしたように―― 「ああっ……」  視界が白く飛び、俺はベッドに埋もれるような姿勢で手中に精を受け止めた。  上半身は丈の詰め襟、下半身は剥き出しというなんとも言えない姿のまま、ベッドに仰向けになって肩でハァハァと息をした。  ……足りない。  また燻ってくる。  丈が足りない。  どうしよう?  そこに突然玄関の扉が開く。  一瞬焦って布団に潜り込んだが、すぐに安堵した。  入って来た長身の影は、丈だった。 「丈……どうして?」 「他の先生の都合で、当直当番を交代した。だからさっきの電話は帰るコールだった」 「え!」 「その……洋が魅力的過ぎて冷静でいられなくなって、あのまま話していたら運転に支障が出そうで一旦切ったんだ。洋、待たせたな」 「か、帰って来るなら、一言言えよ。だったら俺……」  布団の中の湿った下着。  濡れた内股。  何もかもが恥ずかしくて、頭まで布団を被ってしまった。 「お、遅いんだよ」 「悪かったな。だが洋が急に制服を着て驚かせるから……動揺したのだ」  丈が優しく布団の上から、俺の背中を撫でてくれる。 「丈……」 「私の制服はどうだった?」 「……高校生の丈に会えた気分だった」 「高校生の私と、やましいことをしたくなったのか」 「うっ」  丈が布団の中に、遠慮なく手を突っ込んでくる。 「ここを弄ったのか」 「やっ……」 「隠さなくてもいい。洋のことはちゃんと分かっている」 「あっ……」  剥き出しの内股を撫でられ、その奥に震えるものを握りしめられた。 「ああっ……」  さっき出したばかりなので敏感になっている。  でもすごくいい。  丈が強弱をつけてマッサージしてくれる。 「ひとりでしたのか」 「分かっているくせに」 「満足できなかったのか」 「知っているくせに」 「私が欲しいか」 「……欲しいに決まってる。俺を抱けよ」  ガバッと押し倒され、詰め襟のボタンに手をかけられる。 「脱がしていいか」 「ん……本物の丈がいるから、脱ぐよ」 「この制服を着ていた頃の私は……偏屈だったよ。若いのに妙に達観して……思春期なのに悶々とすることもなかった。ただ医師になりたいと、先を急いでいた」  丈の高校時代の話は、滅多に聞けない。 「俺もだ……お互い……だから今頃こんなに盛るのか」 「ふっ、そうかもしれない。洋だから発情するんだ」  互いに全裸になり、四肢を絡め合った。 「寝かさない」 「当直みたいだ」 「洋の宿直(とのい)を任された」 「ありがとう!」  ヨウも洋月も、こんな夜を過ごせたのか。  ただ好きな人に存分に抱かれる夜を――  天つ風のように、俺たちは大きくゆったりとした律動を繰り返す。    
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