天つ風 10

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天つ風 10

 息を切らせて階段を駆け上がってくる弟の姿に、目を細めた。  話しかけると、俺の前に留まるのがじれったい様子だ。  ははん、おおかた洋が丈の制服を着て待っているのだろう。  当直じゃなくなって幸運だな。    おにぎりを恵んでやると、心底嬉しそうだった。  飲まず食わずで、洋を抱く気満々だったようだ。 「兄さん、もう行っても?」 「どうぞ、どうぞ、お達者で~」  また一目散に丈が走り出す。  おいおい、がっついてんな。  元々体型が似ているから、後ろ姿が俺にソックリだぞ。  丈……お前は確か幼い頃は鉄仮面のように無表情で、喜怒哀楽の乏しい弟だったよな。いつも俺が大騒ぎするのを冷めた目で見ていたくせに、今日のお前は昔の俺と同等だぞ。  人は、人を変える。  人と出会うということは、つまり、そういうことだ。  俺も丈も、道を間違えなかった。  名誉や権力に富。  そんな物をがむしゃらに求めるのではなく、ただ一人の運命の人と巡り逢い、その人と人生を歩みながら小さな幸せを噛みしめる人間となった。  価値のある人間になれた。  世界にたった一人の翠のために、ただ一人の人になれた。  それが嬉しいのさ。  唯一無二の存在を得た人は、逞しい。  心がちょっとやそっとのことで揺らがなくなる。 「さてと、もう一度、おにぎりを握るか」  俺の夜食にしようと思ったが、丈にくれてやった。  そこにカサカサと笹の葉が揺れる。 「その必要はないよ、流」 「翠!」  風呂上がりの、浴衣姿の翠が立っていた。  首筋が桃色に染まって、妙に色っぽいな。   あーあ、相変わらず一人で浴衣を着るのが下手だから、胸元が随分はだけている。  のぞけば淡く色づく粒が丸見えじゃねーか。 「ガバガバじゃねーか、ここ」  射抜くような視線で翠に近づいて浴衣の胸元を掴むと、翠は恥ずかしがると思ったが、その逆で目を細めて肩を揺らした。 「くすっ」 「ん? 今の笑う所だったか」  男の色気全開だったのに変だな。 「ごめんごめん、昔を思い出してしまったよ」 「昔?」 「覚えてないかな? ほら、母さんの誤配のせいで僕が流のパンツを間違えて履いちゃって……」 「あー あれか! 俺は翠のパンツを穿きたくてウキウキしていたのに、穿いたら父さんのでガバガバ……あ、そこか」 「うん、あの後流が『ガバガバブラザーズ』って言いながら踊っていたよね」 「まぁな、翠のパンツを穿く夢は破れたが、あの時は楽しかったな」  翠が頬を染める。 「あ、あのね……あの時、僕……流のパンツを穿いて……実は」 「おぉ! どうなってたんだ? 実のところ」 「内心すごくドキドキして大変だったよ」  翠が悪戯に笑う。    こんな笑顔を見られる日が来るなんて――  生きて来て良かった。  泥まみれになってでも、這いつくばって生きて来て良かった。 「あのね、流」 「ん?」 「あの時、本当は僕のパンツを穿きたかった?」 「翠、それを今更聞くか」 「ごめん、ごめん。暫く気になっていたから」 「今は……パンツ以上のものに触れているから、大丈夫だ」 「りゅ……りゅーう、あからさまだね」 「翠の素肌、すべすべで気持ちいい」 「それ以上は……勘弁してくれ」  翠は真っ赤になって、パタパタと手の平で仰いでいた。  俺はそんなのお構いなしに、翠の腰に手をやり引き寄せた。 「今日も脱がしていいか、これ」  浴衣の上から翠の下着を辿ると、ますます赤くなった。    可愛い翠は、もう全部、俺のもんだ。 「流はいやらしいね」 「どうとでも!」 補足『忍ぶれど…』スター特典とリンクしています。  
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