天つ風 25

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天つ風 25

 半裸の流の雄々しさは、半端なかった。  校舎の屋上で寝転んで空を見上げていたはずなのに、いつの間に僕は流の胸板の厚さ、二の腕の太さに釘付けになっていた。  とても不謹慎なことなのに、胸がどんどん高鳴っていく。 「翠、どうした? もぞもぞして」 「いや……その、流……最近、また逞しくなった気がして」 「あぁ、特別な運動を始めたからな」 「へぇ、どんな運動? 僕もしてみようかな」  すると流が愛おしげに僕を見下ろしてきた。  流の胸元に汗の粒が見えて、妙に生々しい気持ちになってしまった。  流が僕の上で揺れると、その汗が飛んでくる。  流れ落ちる汗に、僕は陶然としてしまう。  まずいな、この姿勢は……  流に抱かれる時と同じだ。 「はぁ、翠は天然だな。心辺りなら大ありのくせに」 「え?」  流が体重をかけないように、僕に覆い被さってきた。 「ちょっ!」 「ははっ、こうやって鍛えているのさ。夜な夜な」  動揺する僕を尻目に、流はスクッと起き上がり、青空に向かって伸びをした。 「さてと、そろそろ行くか」 「そうだね、ほら、早くTシャツを着て……なんだか目の毒だ」 「分かってるって! 俺の裸を見ていいのは、もう翠だけだもんな」 「も、もう――」  ところが流はなかなかTシャツを着ない。  僕ものろりと起き上がって辺りを探すが、ネットにひっかけたはずのTシャツが見当たらない。 「流、どうしたの?」 「やべー またやっちまった」 「またって……まさか風で?」 「あぁ、油断していた。ネットがあるから大丈夫かと思ったが、天つ風の仕業だな」 「仕業って……はぁ……で、どうするの? そんな格好じゃ人前に出られないだろう」 「だが、着替えなんて持って来ていないぞ」  上半身裸で保護者席に戻ったら、それこそ伝説の人間になってしまうよ。    変態印のね…… 「仕方がないね。僕のシャツを貸すよ」  ボタンを外し出すと、流が焦った様子で制止してきた。 「お、おい! よせ! ダメだ。それじゃ翠の肌が丸見えになってしまう。くそぅ、肌着を着せてくればよかった」 「あっ、そうか、出掛けに流が肌着は駄目だって、一度着たのを脱がしたんだったな」 「……」  僕たちは二人して頭を抱えてしまった。  やましいことなんてしてないのに、思いっきりやましいのは何故だろう? 「くすっ、何だか可笑しいね。僕たちいい歳なのにバカなことをしているね」  不思議なことに、困ったを通り越して、笑いが漏れてしまった。  あの日もあの日も、とても笑い飛ばせることではなかったが、相手が流だからなのか、僕の心にはゆとりがある。  若い頃はなんでもガチガチに考えて、抜け道なんて作れなかった。  逃げることは許されないと、自分を律していた。  でも今は違う。  僕らはあの日を超えて、ここにいる。 「流、きっと戻って来るよ」 「そうだな、天は俺たちの味方だもんな」  そこに声が響く。 「そこにいるのは『伝説のR』?」    眩しくてよく見えないが、薙の声が聞こえる。    今『伝説のR』って言った?  それって、まさか…… 「おぅ! 俺が去った後そんな名が付いたとか」 「やっぱり! 流さんって、やっぱ、カッコいいな」  光の中から、薙がスッと姿を現す。     黄色のハチマキを巻いて、爽やかに笑っている。  身長も更に伸びて凜々しくなった薙が、こちらに向けて何かを投げた。 「ほら!」 「おぅ! サンキュ!」  それは流のTシャツだった。  あ、それで『R』の文字だったのか。  やれやれ、まぁ……高校時代にあれだけのことをすれば伝説にもなるのか。 「薙、ありがとう。どうしてこれを?」 「校庭のど真ん中に舞い降りてきたんだ。さっき流さんが着ていたの見ていたから知っていた。でもみんなは『伝説のR』の再来だって大騒ぎしていたよ」 「はははっ『伝説のR』はもう引退だ。品行方正にしてないと翠に怒られる。薙、お前に譲るよ」 「オレはRじゃないよ?」 「俺の名前を受け継いでくれ」  薙が笑う、嬉しそうに笑う。  薙は昔から流が大好きだった。  だから嬉しいようだ。 「流さんの名を継ぐのは、オレでいいのか」 「薙はオレにとって大事な存在だからな」 「ありがとう、嬉しいよ。午後も見てくれよ。エールを送るから」 「あぁ、天に届く程、声を張り上げろ!」 「分かった!」  天国にいる湖翠さんと流水さんにも届くといい。  あなたたちの願いは叶い続けている――    
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