天つ風 34

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天つ風 34

「もぐもぐ、もぐもぐ、もぐもぐ」  ふぅ、これが最後の1個ですね。  やった! おはぎもお饅頭も完食です!  あんこでエネルギーをしっかりチャージしましたよ。 「さてとお勤めの時間ですよ」  お腹をさすりながら箒を持って外に出ると、だいぶ日が傾いていました。  そろそろお戻りになる頃ですね。  月影寺は、今日も満月のように満ちていますよ。  翠さんが張り巡らせた結界は、留守の間もびくともせずに無事です。  僕も気を張って、精一杯お守りしています。  夕焼けが月影寺の庭を染めあげていく様子に、思わず目を細めてしまいました。  今日も、穏やかな1日でした。  ご住職さま、流さん、洋さん、体育祭は楽しかったですか。  薙くんはどんな競技に出られたのでしょう?   きっと大活躍だったでしょうね。  応援団の学ラン、似合っていましたよね。  僕も中学生の時、体育祭は好きでした。  毎年、パン食い競争が楽しみで……  あぁ、体育祭でかぶりついたあんパンは美味しかったです。  また食べたいです。  自分の力で得たからなのか、輝いて見えました。  でも中学三年生の時に、つい欲張って勝手に2周目を走ってしまい先生にこっぴどく叱られ、同級生からは白い目で見られました。  あの頃から僕は少し風変わりな人間だと認識されて、先生とクラスメイトとの間に深い溝が出来てしまいました。 (小森風太って、人と違って変な奴、危ない奴)  そんな風に周囲から囁かれるようになり、とても寂しかったです。  僕は人の心に敏感なので辛かったです。 (ここではないどこかへ行けばいい。僕がそうしたように)  そんな不思議な声は聞こえたのは、その時でした。  あの頃ずっと浴びていた蔑むような視線は、ここでは全く感じません。  月影寺は本当に良い場所です。  僕にとっては極楽浄土のような場所です。  だから僕はこのお寺のお役に立ちたいです。  もっともっと――  お留守番以外にも出来ることがあるといいのですが。    小森風太ももう二十歳を超えました。  恋人もいる大人です(たぶん)  もっと頼って欲しいです。  黙々と庭掃除をしていると、辺りが暗くなってきました。 「あれれ? 夜になってしまいますよ。流石に遅いですね。少し心配ですよ」  すると急勾配の迂回路を使って、一台のタクシーが上がってきました。  こんな時間に、母屋に乗り付けるなんて、一体どなたでしょう?    タクシーから降りてきたのは、翠さん、流さん、そして…… 「おぅ、小森はいるか」 「はい。ここです」  ちらりと見ると、薙くんの右足首に白いギブスが! 「ほら、薙、抱っこしてやる」  流さんが薙くんを横抱きにしようとすると、薙くんは照れまくっていました。 「いっ、いいよ。一人で歩けるって、松葉杖あるし」 「まだ慣れてないだろう。我が家は段差が多いから無理はするな。それに今、転んだらもっと大変なことになる」 「そうだよ、薙、流にだっこしてもらおう。ねっ」  ご住職さまが、まるで小さな子供に接するように優しく諭しています。 「……はずっ、お……おんぶがいい」 「ははっ、お年頃だもんな。そうか、そうか、じゃあほら背中に乗れ」 「ごめん、流さん」 「いちいち謝るな」 「うん」  流さんの広い背中に薙くんはおんぶされ、ご住職さまは両手に荷物を持ってタクシーを見送っていました。  僕はハラハラとその様子を見守ります。 「小森、悪いが、居間まで誘導してくれ」 「あ、はい! 僕は何をしたらいいでしょうか」 「先に歩いて扉を開けてくれるか」 「はい!」 「薙はリレーで転んで骨折しちまったんだ。小森にも世話になる」 「そうだったのですね。僕でよければ薙くんの足となります」 「ありがとう」  どうやら僕にも『役目』があるようです。  もう見ているだけではなく、僕もみんなの輪の中に入っていいのですね。  荷物を部屋に運んだご住職さまが、ニコニコと僕の頭を撫でて下さいました。 「小森くん、お留守番をありがとう。帰宅がこんな事情があったので遅くなってしまって悪かったね。さぁこれを、お留守番のご褒美だよ」 「わぁぁぁ」 「これね、病院の売店で売っていたんだ。体育祭のお土産っぽいかな?」  ご住職さまは、僕をどこまでも甘やかして下さいます。  僕の手に平に置かれたのは、ビニールの袋に入ったあんパンでした。 「ご住職さまぁ、大好きです」 「可愛いねぇ、君は月影寺の秘蔵っ子だよ」  僕は、今……大事に、大事にされています。 「あんこばかり食べていても?」 「それが君の個性だよ、何か不都合でも?」 「い、いえ」  僕は、にっこりと微笑みました。 「あの……薙くんのお世話、僕にもさせて下さい」 「うん、頼りにしているよ、よろしく頼む」 「はい!」  自然と笑顔が溢れます。      
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