天つ風 41

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天つ風 41

「えっ、父さん?」 「えっ、薙?」  二人同時に、目が覚めた。  ここはどこだ?  目の前に息子がいるということは、薙のベッドなのか。  僕はいつの間に、ここに?  確か流にお茶を淹れようとして氷を散らかして……それから冷蔵庫で頭をぶつけて、丈にソファで休むように言われて……  んん?  その後の記憶がない。  頭をぶつけたから記憶喪失になってしまったのか。 「薙、ご、ごめん―― 父さんいつの間に?」  もう薙は高校生なのに添い寝なんてして、薙が嫌がることをしてしまった。焦って慌てて出て行こうとすると、薙に引き止められた。  僕の腰に手を回して、全力で。 「ちょっと待って! 父さん、そんなに焦んなくてもいいから」 「薙、僕は記憶喪失か、それとも夢遊病なのか」 「はぁ?」 「だってソファで転た寝をしていたはずなのに」  僕の心配を余所に、薙が肩を揺らす。 「くくっ、父さんが眠っている間に場所を移動させられるのは、今に始まったことじゃないよね?」 「ん……確かに……そういえば、いつの間にかお風呂に入っていたことも……」 「わぁ! ちょっとストップ」 「え? あ! ごめん、僕……何を言って」 「いいって、いいって!」  薙は頬をほんのり染めて、手でパタパタと仰いでいる。  薙は、こんなに寛大な子だったろうか。  離婚してからは常にピリピリして、息子なのに触れてはいけない存在だったのは、もう遠い昔なのか。 「それより父さん、ありがと」 「ん? どうした」 「オレの抱き枕になってくれて、お陰でよく眠れたよ」 「薙……もしかして僕に抱きついていたの?」  そう問うと薙はいよいよ真っ赤になった。 「父さんって、やっぱり天然だよな」 「え? そうなの?」 「好きだよ」 「え?」 「そんな父さんが好きだって言ってんの」 「あ、ありがとう」 「いや、その……なんか変な寝言、言ってなかった?」  薙が照れ臭そうにしているので、僕はやんわりと濁してあげた。 「さぁ? 父さんもぐっすり眠っていたので覚えてないな」 「そ、そうか、よかった」 「父さんも何か言ってなかった?」 「覚えてないよ。ぐっすり寝てたからさ! なんか小っ恥ずかしいー!」  夢かと思った。  懐かしい夢を見ているのかと。  薙が僕を『パパ』と呼び、僕が薙を『なーぎ』と返事したのは、夢ではなかったのか。  その事に気付き、心が跳ねた。  薙の心は、昔のように開かれている。  それがしみじみと嬉しくてたまらない。  二人で照れまくっていると、流が呼びに来た。 「お! 起きたな! お二人さん、夕食出来たぞ」 「オレ、すげー腹減った! 早く食べたい」    松葉杖に手を伸ばす薙を、流がさっと横に抱えた。 「わ、それ、はずいって! さっきも言ったじゃん!」 「熱々の親子丼を食べたいのなら、じっとしてろ。松葉杖は明日からゆっくり慣れればいい。だから、今日はみんなに甘えろ! そういう日だ」 「わ、分かった」 「そうしろ!」  流はスーパーマンのように、薙をあっという間に居間まで連れて行ってくれた。  一人残された僕の傍らには、薙の温もりがまだ残っている。  少しも寂しくない。  あたたかな温もりに包まれているから。  今はみんなの心が揃っている。  みんなが僕に優しく触れてくれる。  遠い昔、流に触れようとして拒否されたことを思い出した。あの日跳ねられた手は宙を彷徨い、切なかった。  でも今は……  良かった。本当に良かった。  ここに辿り着けて……本当に良かった。  みんな戻って来てくれた。  僕の元に――  薙の温もりを辿っていると、流が戻ってきた。 「翠も行こう」 「流……」 「ん? 翠も抱っこがいいか」 「え! あ、歩けるよ、もう……」 「そうか」 「さっきは……ありがとう」 「どういたしまして! 日常茶飯事だろ? 翠を運ぶのは俺の役目。翠に触れるのは俺の憧れだ」 「ん……」  廊下を歩きながら、僕の方から流の手を握った。  もうどこにも逃げない手を――  心を……掴まえた。      
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