2024年新春番外編『辰年』3

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2024年新春番外編『辰年』3

 ん? そうだ、ここは月影寺ではないか。  よく考えたら、ここには誰も近づかない。  この行衣は不要なのでは?  翠、男らしくないぞ!    男なら、潔く褌一丁で滝行をすべきだ。  僕はその場で白い行衣を脱ぎ捨て、褌姿で深呼吸をした。  北風に晒された身体が微かに震えてしまったので、気合いを入れ直した。  真冬の滝行は久しぶりだ。 「いざっ!」  ところが……  ドボンと足を浸けたつもりが、僕の身体はふわりと地上から浮き上がった。 「え?」 「馬鹿! 翠、こんな真冬に滝行をするなんて、風邪を引くぞ」 「流、どうして……ここが?」 「どんな時でも翠の傍にいるのが俺だ!」  あぁ、痺れる。    ハァハァと息を切らせた流は、刺激的過ぎる。    作務衣は水に濡れ黒髪から水が滴って、精悍な男気が炸裂していた。 「駄目だ。僕は煩悩を払わないと……まともにお勤めが出来ない身上になってしまって困っている」 「翠が寒空の下、滝行をする必要はない!」 「だが!」 「ならば……翠の煩悩の元の俺が、煩悩を払えばいい」 「えっ……」  流が作務衣を脱いで、素っ裸になった(パンツはどこだ?)  朝日に照らされた野性味ある身体に心臓が炸裂し、目のやり場に困った。  駄目だ、刺激が強すぎる。 「翠、これは修行だ。煩悩を一時的に封じ込めるぞ」 「あ、あぁ……」  まるで忍者の秘法のようだと頭の片隅で思ったが、流が真顔なので僕も大きく頷いた。 「頼む!」    流は「祓い給い、清め給え」と読み上げた後、気合の言葉を唱えて、滝へ突入していった。  滝に打たれる流は、まるで昇り竜のように勇ましい。  僕も精神統一して、流を一心に見つめた。  僕のために滝行までしてくれる弟が、どこまでも愛おしくて。 ****  翠を追いかけて竹林を駆け抜けた。  奥庭の最奥にあるのは、高い岩場から一気に落ちる滝だ。  まさかそこで……あれをするつもりか!  さっき見かけた白衣は、滝行衣だったのか。  茂みをかき分け現れたのは、肌色の物体。  なんと!  翠は潔く行衣を脱ぎ捨て、褌一丁になっていた。  締め上げられた褌から、翠の桃尻がこぼれ落ちそうになっていた。  ごっくん。  熟れた果実を目の前に突きつけられ、理性を失いそうになる。  だが、俺は必死に踏みとどまった。  俺の中に煩悩を超える使命があるのだ。  翠の身を全身全霊で守るのが、この世に生を受けた最初の理由。  かつての俺が出来なかったことだ。  翠が滝行をしたいのなら、俺が翠の代わりに滝に打たれる。  翠が煩悩を一時的に封じ込めたいのなら、俺の煩悩を消す。  そう思って、滝行をしたが……  黙々と滝に打たれる身体から、白い水蒸気が上がってくる。  なんだこれは……  どんなに滝に打たれても、俺の翠への愛は消えない。  だから煩悩も封じ込めない。  俺は『昇り竜』のように、ぶるっと奮い立った。 ****  滝に打たれる流の周囲に、水蒸気が立ちこめた。  なんだ? これは一体……  もわっとした蒸気に包まれた流の身体に、思わず見惚れてしまった。  黒髪を乱し、たくましい胸筋が上下し、そしてがっしりとした身体が蒸気に包まれて……官能的過ぎるよ…… 「翠、縁起がいいぞ」 「えっ……」 「滝から竜が昇っていく」  流が満面の笑みで指さした場所は……  流自身の股間だった。  そこで僕ははっと我に返った。  滝行しても消せない程の愛を僕たちは持っているのだ。  ならばもう、この煩悩と離れることは出来ぬ。  共存していく道を選ぼうじゃないか。 「翠、すげー 大きくなった」  ひゃっひゃっと、はしゃぐ流……  うーむ、急に兄としての気持ちがむくりと目を覚ます。 「りゅーう、いい加減にしないと怒るよ」 「翠~ これどうやって戻せばいい?」 「知らぬ……」  僕は流にバスタオルをかぶせ、濡れてない行衣をまといスタスタと歩き出した。  滝行をしたわけではないが、道が見えたようで気分爽快だ。  竹林を抜けると、洋くんが白猫のルナと戯れていた。 「あっ、翠兄さん、おはようございます」 「おはよう、洋くん。あれ? 丈は?」 「あっちでシャドーを遊んでいます」 「ん、そうか」  そこではっと冷静になる。  クリスマスに僕が贈ったチャームをシャドーはしたままだ。  駆けつけると、丈は首輪を凝視していた。  首輪のチャームに『流命』と彫られているのがバレてしまったようだ。 「丈、その首輪に……何か見たか」 「……ふっ、兄さんも粋なことを。どこで作れるのか教えてくれれば黙っておきますよ」 「ふっ、そうか、丈も同類だったね」 「まぁ、そうです。私のルナに作ってやります」  更に歩くと、小森くんが長い廊下を雑巾がけしてくれていた。 「小森くん、おはよう」 「ご住職さまぁ、おはようございます。今日のおやつはなんですか」 「くすっ、とっても甘いものだよ」 「なんでしょう! ワクワクします」 「午後、暇をあげよう。菅野くんと初詣に行っておいで。きっと江ノ島は賑わっているよ」 「え、いいんですか」 「好きな人の傍で過ごすのが一番だよ」  小森くんの笑顔を見ながら母屋に戻ると、薙がすっ飛んで来た。 「父さん、どこ行ってたんだ? 探しに行こうと……そんな薄着じゃ風邪ひくぞ」 「あぁ、ごめん。滝行をしていたんだ」 「濡れてないけど?」 「ん……でも、したんだ」 「そっか、よかったな。父さん、これ羽織って」 「ありがとう」  薙は自分のダウンを僕に羽織らせてくれた。    いつの間にか息子と僕のサイズは同じになっていた。  この1年、薙は更に成長するだろう。  昇り竜のように大きく上へ上へ――  僕は月影寺で見守っている。  この寺には愛の湖があるから、皆疲れたら、ここで休むといい。                            『辰年』 了 読者さまとの妄想を形にしてみました。 小話のようなSSでしたが、最後の翠の言葉が全てです!
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