4246人が本棚に入れています
本棚に追加
17章 月光の岬、光の矢『プロローグ』
こんにちは、志生帆 海です。
大変長らくお待たせしました。
『重なる月』の1年ぶりの定期更新が、今日からスタートします。
『幸せな存在』と1日おきの更新予定です。
頑張りますね!
翠&流編は、引き続き、薙の高校生編を引き続きメインに。
丈&洋編は、ようやく丈の開業話になります。(1年前に宣言したのですが『忍ぶれど』に着手したため中断してしまいました)なので、今回はこちらにウエイトを置きます。
初夏から秋までの四季折々の月影寺men'sの様子を書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。
時系列では、6月初旬の薙の体育祭直後からのスタートです。
何しろ1年ぶりなので、今日はウォーミングアップさせて下さい。
中表紙とプロローグになります。
それではどうぞ!
17章 プロローグ
『月光の岬、光の矢』
「洋、そろそろ時間だ」
「あぁ、丈、今日も頑張れ」
玄関で見送ると、ひとり出勤する丈は少し寂しそうな表情を浮かべ、俺の腰を両手で掴んで、ぐいっと自身の元へ引き寄せた。
珍しいな。こんなことをするなんて――
「ん……どうした?」
「離れがたい」
「ふっ、いずれ俺たちは同じ職場で朝から晩まで働くのに」
「だが……由比ヶ浜の家の耐震工事が終わらないと何も始まらない。一体どこまで長引くのか……予定ではもうとっくに開院しているはずだったのに」
常に冷静で自分の感情を滅多に表に出さない丈が、最近こんな風に俺の前で、弱音を吐いてくれるようになった。
丈にとっては不本意なことかもしれないが、俺はこのことが密かに嬉しかった。
なぜなら、俺を頼ってくれている証だからさ。
「先に楽しみが待っているのだから、1年や2年の時の流れなど、大したことないだろう」
「ふむ、確かにそうだな」
俺と丈には前世があって、長い長い悲しい歴史がある。
悲しい月を見上げながら涙を堪えた日々。
暗い月夜の湖を見下ろしながら、涙を落とした日々。
彼等の相手を失った喪失感と共に生きねばならなかった長い年月を思えば、由比ヶ浜の診療所の工事期間など苦にならないさ。
「丈、俺を信じろ」
「洋は最近男らしくなったな」
「……こんな俺は嫌か」
「いや、最高だ」
背伸びして俺の愛を思う存分届けやると、丈は満足そうに笑った。
「洋、今日はどうした?」
「ふっ、こうしたかっただけだ」
明るい笑いは流さん譲りで、冷静な判断力は翠さん譲りだな。
「ははっ、やっぱり洋は最高だ」
「丈は最強の男だ。翠さんと流さんのいいとこ取りだ」
「洋は私を持ち上げる天才だ」
「ふっ、丈、行ってこいよ。もう行かないと遅刻するぞ」
「そうだな。また夜に」
「あぁ、今宵は弓張月を共に愛でよう」
「弓張月か、それは楽しみだ」
丈を見送り、俺はルナに餌をやってから外に出た。
この時間なら、翠さんに会える。
寺の奥庭にある墓地へ向かうと、道の両脇の紫陽花が満開になっていた。
「いつの間に、こんなに」
この少しくすんだ青い花色を『月影寺ブルー』と、俺は密かに呼んでいる。
青と翠色の世界だ。
空を覆い尽くす竹林、苔生した大地。
天も地も、翠さんの結界の中に収まっている。
深呼吸して、月影寺の空気を思いっきり吸い込んだ。
ここが俺の生きる場所。
ここを拠点にして、はばたいていこう。
丈、お前と――
「洋くん、今朝も会えたね」
「あっ、翠さん」
振り返ると、若草色の袈裟を身につけた翠さんがたおやかに微笑んでいた。
「今から読経するよ」
「いつもありがとうございます」
「この寺に眠る人は、皆、深い縁がある大切な人だよ」
「はい」
これは翠さんと俺の日課になっている。
母の墓、夕凪たちの墓の前で、俺は手を静かに合わせる。
今、穏やかに幸せでいられることに感謝を込めて――
そして俺はまた今日という日を歩き出す。
前へ前へ進むために、歩いて行く。
最初のコメントを投稿しよう!