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月光の岬、光の矢 5
「流、そこにいるの?」
「おぉ、翠! ここにいる!」
流さんと薙くんと俺とで、裸の付き合いをしていると、脱衣場から涼やかな声が届いた。
「そこは風呂場だけど、こんな時間に何をしているんだ?」
「朝っぱらから、泥だらけのわんぱく小僧どもを捕まえたんだ」
「どれ?」
翠さんがひょいと綺麗な顔を覗かせた。
そしてふっと表情を緩めた。
こういう時の翠さんは父親らしい顔をしている。
「なるほど、あぁ、そういうことか。これはまた派手に汚したね」
「父さん、ごめん! でも怪我してないから安心して」
「うん、それなら良かったよ」
父親モードの翠さんと薙くんの会話にほっこりする。
しかし……わんぱく小僧って?
それに、まさか俺も入っているのか。
生まれてからこの方、そんな風に形容されたことはないぞ?
それが新鮮で、ふっと笑うと、流さんと目が合った。
「洋は表情がぐっと明るくなったな。お前は笑っていた方がずっと可愛い」
「えっ……」
そんな風に面と向かって言われても、俺には気の利いた返し言葉が浮かばない。
参ったな。
丈、こういう時、俺はどう反応したらいい?
いや、待てよ。
お前に聞いても無駄か。
お前と俺はよく似ているから。
「くくく、流さん、それ、丈さんに殺されそうな口説き文句だよ」
薙くんに冷やかされた。
「ん? そうか、俺、今口説いていたか」
一方、翠さんは余裕の笑みだ。
「くすっ、流はそんなことしないよ。なぜなら……あっ、いや、その……何でもない。お勤めに戻るよ」
翠さんはまるで瑞樹くんのように墓穴を掘りそうになって、そそくさと出ていった。
こういう可愛らしい所が、流さんのツボなのだろう。
案の定、流さんの顔の締まりは……なくなっていた。
「なんか、オレの父さんの行動って……はずい」
「う、うん、はずいな」
「だよな」
どちらかというと俺は薙くんよりだ。
可愛い弟のような気分で、また気持ちが上がった。
風呂上がりに、念入りの薙くんのギブスの水気を取って綺麗にしてあげていると、廊下から苦しそうな声がした。
「うう……うううう……うんとこしょ! どっこいしょ」
「なんだ? なんだ?」
薙くんと顔を見合わせて廊下を覗くと、山のような荷物を抱えた小坊主さんがよろよろと歩いていた。
「小森くん? どうした? その荷物は一体……」
「ううう、洋さんはどこですかー」
「俺はここだ」
「よかったです。あー ざっと見積もって、おまんじゅうの100個分の重さでしたよ。あー これがおまんじゅうなら軽々なんですが……ただの郵便じゃ……萌えませんねぇ」
「はぁ?」
「これ、ぜーんぶ、丈さん宛てなので、お預かり下さい」
「うん?」
ドサッと渡されたのは、重たい冊子が入った郵便物だった。
「へぇ、これ全部丈さん宛て? お医者さんってすごいんだな。学会の資料とか? オレも持つの手伝うよ」
「いや、薙くんは松葉杖をつかないとならないから、俺が持つよ」
「でも少しは持てるよ。あっ……」
引っ張りあったら、その表紙に封筒が破けて、冊子がドサッと床に落ちた。
「ごめん!」
「いや、大丈夫だ」
拾い上げて、二人で目が点になった。
『ナースウェア・看護師白衣カタログ』
「えっと……あぁ、そっか、洋さんの制服?」
「そ、そうだね、男性物もあるから」
「わかってるって、コスプレじゃあるまいし」
「ははっ」
苦笑するしかなかった。
丈らしいというか、なんというか。
間違ってもナース服を注文しないように見張っておこう。
あいつは真面目そうに見えて、宗吾さんと張る……ヘンタイだからな。
俺限定で……
「洋さん、なんか惚気たそうな顔してるよ」
「え? いや、そんな」
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