逸る気持ち 7

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逸る気持ち 7

「それで、丈のご両親は……その、ご健在なのか」 「あぁ元気だよ」 「そうか……俺、随分長い間、丈を独り占めしちゃったな」 「いいんだよ。私がそうしたかったから」 「でも」  洋が決まり悪そうな表情を浮かべてしまったので、励ますように話を続けた。 「洋にはほとんど私のことを話していなかったな。以前温泉宿で話したのは覚えているか。医者になりたいと思ったきっかけ」 「あぁ覚えているよ。あの夏の星降る宿で、幼い頃お父さんに連れられて外国旅行をよくしたってことと、お兄さんが二人いるって言っていたよな」 「そうだ。船の中で高熱を出して乗り合わせた医者に助けてもらって」 「もし丈が医者になってなかったら俺達は出逢っていなかったかと思うと、不思議な気分だよ」 「ふっそうだな。すべてはなるようになったってことだな」 「それで実は、洋……実は私の家は、お寺なんだよ」  びっくりしてしまった。医師の丈とお寺が結びつかなくて! 「えっ? 確かお父さんは商社マンって言ってなかったか」 「最初はな。その後、祖父が亡くなって実家の古い寺を継いで」 「そうなのか。お寺か……あんまり俺とは縁がないな」 「ははっまぁそうだな。私もまったく近寄ってない。幸い兄が二人いるので跡を継ぐ必要もなかったし、自由な道へ進ませてもらったよ」 「俺は何も知らなかったし知ろうともしなかった。本当に自分勝手な人間だったな……丈、すまない」  ソファで横に座る洋が甘えるように躰を預けてくる。  そんな仕草が健気で可愛く感じ、細い肩をきゅっと抱いてやった。洋の背中を優しく擦りながら、話を続ける。 「両親はもういい歳だし、今は元気だが少しずつ弱ってもくるだろう。特に父は母より年上だしな。だから一度会いに行きたいと思っている」 「そうだったのか。俺だけ日本に行かせてもらって悪かったな。丈も行きたかっただろうに」  洋が私の親に関心を持ってくれているなんて、くすぐったい気持ちになった。 「いや……いいのだ。私はずっとろくに実家に寄り付いていなかった。人付き合いが苦手な私は急に父が実家の寺を継ぐことになり、都内から少し離れた山寺へ引っ越した生活に耐えられなかったのだ。みんなが自分に興味を持っているような環境が、どうも苦手でな」 「俺と出会った頃の丈も、そんな感じだったよな。最初は俺と住むの本当に迷惑そうだったものな」 「ははっそうだな。一人が気楽だった」 「俺も似たような所あったから、分かるよ。それでいつ行くつもりだ?」 「そうだな……それで洋、思い切って私と一緒に日本へ戻らないか」 「えっ!」  突然の申し出に、洋は目を丸くした。 「ソウルでの暮らしも落ち着いていいが、やはり生まれ育った日本へ戻りたいという気持ちがあってな。洋はどうだ? 今回墓参りなどをしてみて、どう思った?」 「うん……丈、俺も実はそう思っていたよ。ごめん」 「謝ることはない。洋と二人でならどこで暮らしてもいいのだが、この先のことを考えると、きちんと選ばないといけないと思ったのだ」 「そうだね。本当にそうだ」  洋はほっとしたような、嬉しそうな微笑みを浮かべていた。  良かった。  日本から戻って来た洋から、隠してはいるが日本に戻りたいという微かな気持ちを読み取ることが出来たので、思い切って相談してみた。  洋にとってはもう実の両親もいない日本だが、安志くんや従兄弟の涼くんがいるし大切な両親の墓もある。聞けば洋の住んでいた家も、そのままに空き家になっているそうだし。それにさっき翻訳の仕事の話を聞いたのもきかっけだ。  本気でその道へ進みたいのならば、やはり拠点は日本へ置くべきだ。 「洋、今の病院の契約が切れたら、ここは引き払って日本へ戻るか」 「丈……ありがとう。まさかこんな展開になるなんて思わなった」 「それで日本へ戻ったら、私の実家へも一緒に行こう」 「えぇっ?」
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