あの空の色 8

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あの空の色 8

「洋くん、なんだか撮影が長引きそうだね。ここは暑いし……今日は帰ろうか」  次々と華麗にポーズを決めていく陸さんに見入っていると、空さんから話しかけられた。 「あっそうですね……でも何かトラブルでも?」  確かに木陰とはいえ長時間立っていると初夏の陽射しが熱く感じ、汗ばんできていた。それに空さんの言う通り、もう一人のモデルの男の子が登場してから撮影が滞っているようだった。陸さんのイライラも、男の子の反発もこちらにビシバシと伝わって来て、さっきまでの爽やかな陸さんではなくなってしまっていた。  今日は空さんの言う通り、やめておいた方がいいのかもしれない。 「んーなんていうか、あの子はね、子役上がりのモデルで辰起(タツキ)っていうんだけど、顔はあの通り綺麗なのに気が強くてね。あぁ陸のやつ、相当イライラしているな」 「……そうなんですね」 「これじゃ今日は陸の会うのやめておいた方がいいかな、機嫌も悪そうだし」 「空さんがそう思うのなら、そろそろ帰りましょうか」 「そうだね。また出直そう」 「あっじゃあちょっとトイレに行って顔を洗ってきます」 「了解!ここで待っているね」  空さんの言う通り、今日は引き下がろう。  ただこのままメトロに乗るには汗ばんだ肌が気持ち悪く、洗顔してさっぱりさせたくなり、俺は公園内のトイレへと向かった。 ****  くそっ! やりにくい。  こいつと組むのは久しぶりだが、綺麗な顔なのに性格の悪さが見え隠れしていて、ムカツク。それにこいつは涼のこと怪我させた張本人だ。あの時はしおらしく謝っていたが、今日の様子を見ている限り、あれはうわべだけだったんだと実感した。  さっきまでの爽やかな気持ちが台無しだ。本当に忌々しい奴。  それに引き換え……木陰に立っていたサイガヨウの姿を思い出した。キャップで目元を隠しても分かる美しさだ、無駄なことを。  それからあの日地下のスタジオで見せたサイガヨウの美しい上半身裸の姿も想像した。  もしも相手があいつだったら……このセントラルパークの新緑に映えてさぞかし綺麗なんじゃないか。あの俺すらも魅入ってしまった容姿……再びカメラを通して見てみたい。  俺は一体どうしたんだ。なんでこんな欲望が出て来る? 普通、あり得ないだろう。  自分の考えが信じられなくて、頭をブンブン横に振った。 「Soilどうしたんだ? さっきまでの調子は。いったん休憩を入れるからコンディション整えて」 「すみません」  ふぅ……何度も撮り直したせいで汗だくだ。椅子に座ってタオルでゴシゴシと額に浮かぶ汗を拭いていると、目の前に冷たいドリンクをすっと差し出された。 「お疲れ様」  声を聞くだけで相手が誰だか、すぐに分かる。心地よく優しい、いつも俺を気にかけてくれるこの声。 「空っ!」 「お疲れさま、なんだか苦戦しているね」 「あぁ、タツキはまだまだだ。足引っ張られてるよ。まったく俺としたことが」 「そうだね……辰起くんは、今回のニューヨーク撮影での陸の相手役、すごい勢いで奪い取ったって聞いているよ。涼くんに話が行く前にね。ほら、彼は涼くんに代役してもらってすっかり人気を奪われてしまって焦っているんだね」 「ったく、それが裏目に出ているな」 「そうだね……撮影はまだまだかかりそう? 」 「あーそうだな。さっきのシーン撮り直すっていってたからな」 「そうか……」  空は少し考えこんでいるようだった。 「あいつのことか」 「うん、洋くんが君と話したそうにしていたので、一緒に来ていたんだ」 「知ってる」  とっくに知っている。俺だってずっと気になっていたのだから。 「で、あいつは何処に行った? 」 「顔洗いにトイレに……すぐに戻るよ」 「……そうか」  せっかく来てもらって悪いが、今日はこの調子じゃ今日は無理だな。反対側のベンチでブーブーとマネージャーに文句を言っている辰起のことを忌々しく睨んだ。 ****  キャップを取って洗面台に置き、水道の蛇口を大きくひねった。水飛沫が小さな噴水のように跳ねあがる中、そっと手を差し入れてみた。 「わっ冷たい!」  冷たい水が心地よかった。手のひらに掬いその水で顔を洗うと、ひんやりと清涼で気怠い暑さが解消されていく。  鏡の中に映るのは、涼によく似た俺の顔。暑さで頬が上気して、汗で濡れた髪の毛が肌に張り付いていた。 「まったく今日は参ったな」  すると不快そうな話し声と共に、トイレに誰かが勢いよく入って来た。
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