交差の時 14

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交差の時 14

「二人共遅かったわね。あら……洋くんあなた泣いたの? 」  バーの座席に戻るとすぐに伯母が俺の赤くなった目に気が付き、心配そうな表情を浮かべた。 「いえ、その……」 「朝……今は」  戸惑っている俺のことを、伯父がさりげなく首を横に振ってフォローしてくれた。 「んっOK! ねぇ洋くん、聞いて。私達夫婦はね、日本であなたと再会した後よく話し合ったのよ。図々しい申し出かもしれないけれども、あなたのこと本当の息子のように、涼の兄として、接したいって希望しているの」 「えっ……なんで……俺なんかのことを、そんな風に思ってくれるのですか」 「実はね、私は駆け落ちしてしまった夕のことを恨んだ時期もあったの。それは……あんなに甘やかされて育ったお嬢さん育ちだった夕が、生活も苦しかったのに、ただの一度も実家を頼ってこなかったのが原因だったのかもしれない。そして無理がたたって躰を壊してしまったのかもしれない。私もこの人と結婚して余裕が出来た時に、一度でいいから夕に会いに行けば良かったという後悔があるの。だからせめて、あなたが困っているのなら守らせて欲しい。ニューヨークの私たちの家が、あなたの実家だと思ってもらえたら嬉しいのよ」 「そんな……母が皆に迷惑かけたことなのに……俺なんかのためにそんな風に言ってもらえるなんて」  とても心温まる夜だった。そしてそのまま俺は、その次の日もまた次の日も……伯父と伯母と夢のような時間を過ごした。 **** 「洋くん、本当にもうここには寄らないで日本へ帰国してしまうの? 寂しいわ」 「すみません。でも……やっぱり義父に会ったら、書類を持ってすぐに日本に戻ろうと思っています。もうずいぶん待たせてしまったから」 「そうなのね、そっか……彼を待たせているのね。そのお医者様をしている丈さんという人に、私たちも会いたいわ」  夜な夜な伯母の家で様々な話をした。父のこと母のこと、母が亡くなった後のこと……そして、丈のこともその中に含まれていた。 「はい。あの……入籍する日が決まったら連絡します。その時はよかったら涼に会いがてら、また日本にいらして下さい。その……来て欲しいです」 「まぁ洋くんってば、本当に可愛いこと言ってくれるのね! もちろんよ。もちろん行くわ!ねぇ、あなた! 」 「あぁそうだな。涼の様子も気になるし、その時はぜひ駆けつけるよ」  またふわっと伯母に抱きしめられた。 「おっ……伯母さん!」  滞在期間中、まるで俺のことを小さい子供のように何度もハグしてもらった。ハグは甘い温かい母親の温もりのようだった。もう忘れていたと思っていたが、母と同じ顔をした伯母に抱きしめられると、母に会いたい気持ちと、叔母に実の子のように抱きしめられる喜びとが交差して、甘酸っぱくも切ない気持ちになった。 「じゃあ、行ってきます」 「本当に気を付けるように。何かあったらすぐに私の携帯に連絡しないさい」 「伯父さん……あの時パウダールームで俺を助けてくれたこと、そしてあの時の言葉を一生忘れません」 「そうか、良かったよ。本当に」 ****  伯父と伯母の家を出て俺はメトロに乗り、最初に空さんが手配してくれたホテルへと向かった。まだホテルの客室にはスーツケースなどの荷物がそのままになっていたので、陸さんとのロビーでの待ち合わせ時間よりも少し早く行って、荷物をまとめておこうと思った。  そして無事に義父に会って手続きの書類に署名をしてもらい、その足ですぐに帰国したいと思っていた。  あまりに幸せな時間を俺だけが過ごしていると、日本に残して来た丈のことが気になってしょうがない。  丈は俺より年上の大人だが、少し嫉妬深く寂しがり屋のところがあるんだ。もう五年も付き合っていれば、それがよく分かる。  俺の前では常に大人びた雰囲気の丈だったけれども、本当は翠さんと流さんというお兄さんがいる末っ子なんだなと、月影寺で過ごす様になってから感じていた。でもそれはむしろ嬉しいことだ。  前より丈のことを、ずっと身近に感じるから。  そんな丈が心配して日本で俺の帰りを待ってくれている。だから充分幸せで満たされた今、俺がすべきことはただ一つ。  信じて……真っすぐに……誰にも邪魔されずに、すべきことをして帰るだけ。  メトロの駅から地上に上がり、空を見上げると、どこまでも透き通る青空が広がっていた。その空に向かって俺は囁いた。 「丈、君の元へもうすぐ帰れるよ」 「洋、そろそろ帰って来る頃か……待っている」  この空の向こうで、丈も俺のことを想ってくれている。    そんな想いが、空の上で確かに『交差』したのを感じた瞬間だった。 『交差の時』了
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