光の破片 4

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光の破片 4

「洋、書類を貸しなさい」  義父の声に、雷に打たれたように躰がびくっと震えた。この状況は一体どういうことだ。陸さんがまさかこんなことを言い出すなんて予期せぬことで、動揺が体を駆け巡っていた。 「洋…」  もう一度促され、床に落ちていた書類を震える手で義父に渡した。義父は無言で受け取り、Kentに印鑑とペンを持って来させた。 「私は最後まで酷い父さんだったな。お前の躰も人生もすべて台無しにして……許してもらえるとは思っていないが。今日という日を迎えても最後まで、すまなかった。未練がましく……あぁ私は一体何に執着していたのか分からなくなってしまった。一度踏み外した人生を元に戻せなくて足掻いて、お前に迷惑ばかりかけたな」 「……義父さん」 「もうその名で呼ぶ必要はないし私に遠慮はいらない。私が奪ってしまったものを返せたらどんなに良いか……あの日に戻ってやり直せたらどんなに良いか。すべて叶わぬ夢なのに」 「俺は……」 「さぁもう行きなさい。これで洋と私の縁は解ける」  義父が養子離縁届に署名をし、印鑑を静かに押した。その瞬間だった、胸元にかけていた丈と分かち合った月輪に突如光が灯った。 「あっ!」  ふわりと月輪が胸元から滑り抜け空へと駆け上り、部屋に射し込んでいた太陽の黄金色の光とぶつかって一層輝きを増したかと思うと、次の瞬間パンッと音を立てて弾けた。  粉々に割れてしまった。  すぐにキラキラと細かい光の破片となりそれは、俺たちへ降り注いで来た。  終わったのか……長い因縁がここで解けたのか。  義父と陸さんとKentにはその光景は見えないようだった。ただ眩し気に窓から射し込む光を見上げていた。その光の破片は、それぞれの躰に吸い込まれていくように見えた。 「洋、何をぼんやりとしている? 飛行機の時間が迫っているのだろう。とりあえず空港へ行くぞ」 「あ……そうか……時間か」  確かに予約していた便に乗るためには、今すぐにここを立たないとならなかった。陸さんにぐいっと手首を掴まれて玄関へと向かうと、義父さんもKentに車椅子を押してもらい見送りに来てくれた。  こんなに慌ただしく……飛行機の時間をずらそうか。帰国を明日にしようか。だが一瞬過ぎった考えはすぐに打ち消した。  いや……そうじゃない。もうこれ以上ここに立ち止まるのは良くない。情を持ってしまっては駄目だ。もう俺は進まないと。それに義父には陸さんがついている。陸さんに後のことは任せよう。  さよなら……義父と過ごした長い時間。  負わされたもの。与えてもらったものが入り乱れ、息苦しいほどの思い出に埋もれそうだった。 「じゃあ……俺は行きます」 「あぁ」  義父と交わした最後の会話。玄関を開けると、眩しい位の太陽の光を浴びた。そうだ。この力強い光に導かれ、背中を押されて此処まで来たのだ。 「洋……お帰り」 「Kai……すべて終わったよ」  玄関先で待っていたKaiが笑顔で迎えてくれた。続いて陸さんも車に乗り込もうとした時、父が名残惜しそうに呼び止めた。  俺ではなく……陸さんを。 「陸……」 「なんですか」 「……その……百合子は……元気なのか」 「……ええ、母は元気にやっていますよ。落ち着いたら……ここに連れてきますよ」 「……ありがとう。すまなかった」  人生において掛け違えてしまったボタンは二度と戻せない。だが、それはもう過去のことで、残された時間をどうやり直すか。生きていくかは、その瞬間瞬間にもう一度しっかりと考えていけばいい。  間違いのない人生なんてないのだから。 「光の破片」了  第8章 完
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