第9章 プロローグ

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第9章 プロローグ

 小雨が降る北鎌倉駅までの道を、私は一人で歩いている。  道の両脇には、紫色……白……青と色とりどりの紫陽花が咲いていた。  しとしとと降る雨の中、じっと耐え忍ぶように咲いているその姿が、私は好きだ。  そういえば幼い頃、紫陽花の花言葉を流兄さんに教えてもらったことがある。 「丈、何をずっと見ている? お前、そんなに紫陽花が好きなのか」 「はい。この花は……雨の中とても美しく見えます」 「そうかでも、お前は知らないだろう。その花言葉はあまり良くないぞ。移り気・浮気・変節、冷淡、高慢・無情……なっ、酷いだろ。それにしてもなんで寺の周りはこんなに紫陽花だらけなんだよっ」 「それでもいい……それでも好きです」  どれも負のイメージだが、その後図書館でこっそり調べたら『辛抱強い愛情』というものを見つけ、求めていたものはこれだと納得したものだ。  辛抱強い愛か……まさに私は今、それを実感している。  洋……君はアメリカに自分を傷つけた相手に、自ら会いに行ってしまった。  本当はそんな行動はやめさせたい気持ちもあった。  傷口に塩を塗るような行為なんて……もうするな。もう洋は充分苦しんだ。  そう怒鳴りたい時もあった。でもそれでは駄目なのだ。  いつまでも護っているだけでは、私も洋も前には進めない。成長できないのだ。  本当に長い年月、様々な事件に巻き込まれながらも、辛抱強く育てた愛なんだ。  私と洋を結ぶのは固い絆……互いを大切に想い合う結びつきは深く揺らがない。  間もなく私は洋と北鎌倉の駅で再会する。  そしてそこから新しい一歩を踏み出すことになる。  もうすぐ……始まる。
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