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引き継ぐということ 1
「翠~お帰りなさい」
羽田空港に無事着陸し空港を出ると、珍しく母が迎えに来ていてくれた。もちろん隣には父もいる。
「なっなんだよ。滅多にない出迎えに驚くじゃないか」
しかも呼ぶのは翠だけ? 母さんはどんだけ翠に期待を寄せているんだか。
「父さん、母さんただいま戻りました。わざわざ来てくださったんですか」
「まぁ翠は慣れない旅で疲れたのね。顔色が悪いわ。狭い機内で疲れたのね、躰も強張って」
「えっ……そっそうですか」
たじろぐ翠の様子に、冷や冷やしてくる。
あっ馬鹿っそんなに動揺するなよ。もう危なっかしいな。
「大丈夫なの? 熱があるとか」
「いえ、確かに少し疲れましたが、大丈夫です」
「そう? あっ丈と洋くんはとてもいい笑顔ね。それに引き換え、流は何を変な顔しているの?」
「はぁ……」
母さんの運転する大きなバンで月影寺まで戻って来られたのは、良かった。翠の腰はもう限界だったろうから。
それもそうだ。慣れないことばかり昨夜はさせてしまった。
あんなに長時間……開脚し続けたことなんてないのだから。
あんなに長時間……腰をシーツに痛い位擦り付けるように揺さぶられたことなんてないのだから。
車の中でも翠は窓に頭を凭れさせ、うつらうつらしていた。
誰もいなかったら、俺の肩で支えてやりたい。窓に時折ゴツンと音を立てるのが忍びなかったよ。
「戻って来て早々に悪いが、お前たちに改まって話がある」
戻るなり袈裟姿の正装に着替えた父が、珍しく厳かにお堂へと皆を誘った。
何事だろう。やましいことがある俺は少し怯んだ。そんな様子を見て、翠はいつものように、たおやかな笑顔でこう言った。
「流、大丈夫だよ。僕が付いているから」
確かに翠が大丈夫だと言ってくれると、それだけで落ち着くんだ。
翠が俺の主だ。
翠をこの腕に抱いている時は、俺が主導権を握っている気がするのに、一度するりと抜け出てしまえば、翠はいつだって俺より一段高い場所にいるような気がする。
だが、それでいい。それで構わない。
そうやって、いつまでも誰の手も届かない高い所にいてくれ。
そして時折そっと降りて来て、俺の腕の中に入ってくれ。
お堂に正座しながら、仏を前に、そんな不埒なことを俺はひたすら願っていた。
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