聖夜を迎えよう7 ~安志編~

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聖夜を迎えよう7 ~安志編~

「空さんに会えなくて、残念でしたね」     つい頭の中で考えていたことを、言葉にしてしまった。すると陸さんは途端に困惑した表情になった。 「まさか、洋から何か聞いたのか」 「え?」 「その……空のことを」 「いえ、だって空さんと陸さんって……本当に仲がいいから、帰国したら真っ先に会いたいんだろなって思っただけですよ。洋兄さんの結婚式にもふたりで来ていたし」 「あぁ、なるほど、そうだな……うん、そうか」  僕、何か変なことを言ってしまったのかな? 「それより、涼はあの男と、まだつきあってんのか」 「りっ陸さん! なんでそれ知って……あっ」  まずい、つい……。慌てて自分の口を手で塞いだ。 「焦るなって。洋の結婚式でお前たちの熱々な様子を見たら、普通気付くだろ」 「そ、それは……」  陸さんにバレバレだったのかと思うと、猛烈に恥ずかしい。 「安心しろ。俺はそういうの大丈夫だ。ただ……いいか。この世界はそう甘くない。潰されたくなかったら、絶対に隠せ。死守しろよ」  そう言い切る陸さんにも、きっと守りたい人がいるのだろう。  僕も改めて忠告されて、気が引き締まった。  僕も守る。いつも安志さんに守ってもらってばかりだが、僕だって! **** 「乾杯! この一年間お疲れさまでした。今年はニューフェイスに月乃 涼くんが加わり、事務所も最高に盛り上がり、過去最高の業績でした。ただ惜しいことに長年我が社のトップモデルを務め、牽引してくれていたSoilがこの秋引退してしまいました。しかし、なんとなんと! 今日は特別に彼が皆さんへのお礼を込めて、駆けつけてくれました」  スタッフの華々しい挨拶で、モデル事務所のクリスマス&忘年会が始まった。今日の主役の陸さんは、さっきから皆に引っ張りだこだ。  しかも見れば見るほど……モデルを辞めてしまうの、惜しいよな。人混みを器用にすり抜ける所作も洗練されていて、つい目で追ってしまう。 「さぁさぁ涼くん~私と乾杯しよう。って君はまだ、お酒駄目なのか」 「あっはい。未成年ですので」 「まぁまぁ、いいから飲んじゃえって。酔って、しどけない姿を私にも見せて欲しいなぁ」 「……」  確かこの人は有名なメイクアーティストだったよな。さっきから執拗に酒を勧めてきて、嫌な感じだ。馴れ馴れしく背中を撫でてくるのが手が気持ち悪い。その手が下りてきて僕のヒップを掠めそうになって「ひっ!」と声が漏れそうになった。  コイツ……最低だ。  「涼、こっちに来い!」  どう対処したらいいのか困っていると、陸さんがグイッと手を掴んで会場から一度抜け出させてくれた。 「お前さ、気をつけろ。業界はああいう奴が多いんだよ。涼は前よりずっと色っぽくなっているから、心配だ。あぁ……しかし何でこんなことまで……俺は保護者か」  陸さんに嘆くように言われて、恥ずかしくなった。 「すみません。気を付けます。でも、いざとなったら俺結構強いんですよ」 「分かっているが、油断するな。今の涼には悲しむ相手がいるだろう。だから無理すんな、嫌なもんは、ちゃんと嫌って言えよ」 「ありがとうございます。安志さんとのことも黙っていてくれて」 「まぁな。俺も同じ穴の(むじな)なだけさ」  ニヤリと不敵に笑う陸さんは、やっぱり最高にクールでカッコいい。 「あの……そういえば、いつまで日本にいるんですか」 「んっなんでだ?」 「実は24日は洋兄さんに誘われていて……月影寺でクリスマスパーティーをするんです。もしよかったら一緒にどうですか。兄さんもきっと喜びます」  結婚式にも来ていたから大丈夫な気がして、ついそんな誘いを勝手にしてしまった。すると陸さんは、また困った顔を浮かべた。  久しぶりに会った陸さんは、本当にいろんな表情を見せてくれる。前はもっとポーカーフェイスだった。 「……あいつは……洋は、あれから元気にやってるか」 「ええ、あのお寺で、皆に囲まれて、とても幸せそうです」 「……そうか。それなら、よかったよ。それを聞くだけで今は充分だ。伝えてくれないか。俺が二年後に一人前になったら、絶対にまた会おうと伝えてくれ」 「あ……わかりました」  そうだった。陸さんはインテリアデザイナーになるためにアメリカで頑張っている最中だ。きっと今の……不完全な立場のままでは会いたくないのだろう。  陸さんと洋兄さんの間には、僕が入り込めないものがある。だから余計な口出しはしない。 「気遣ってくれて、ありがとな。さぁ会場に戻ろう」  ポンっと、優しく背中を押された。
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