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準備はいいのかい?
「ほら、もう3時になるよ? いつになったら修学旅行の準備をするのよ。買い足ししようったって店が閉まるわよ」
「ヤベッ! もうこんな時間? 随分と長い夢を見たな。母さん、俺もう修学旅行いってきた夢みたよ」
「それだけ楽しみなのね」
宗方は慌ててしおりを見て明日の準備を始めるのだった。
翌朝。待ち合わせは最寄りの駅の階段の下。バスが何台か列をなして待っている。引率する先生は各クラスの人数を確認して廻った。
宗方のクラスに、野地という気の短い厄介な男子生徒がいる。野地はクルリと首を回してため息交じりに言った。
「どうせ、あと来てないのは毛利だけじゃねぇの? 何やってもトロくて遅っせぇんだよ。あいつにここに居る意味とか価値とかあんのかよ」
吐き捨てた言葉に周囲は冷ややかな視線を送る。毛利は既に来ていて黙ってそれを聞いていた。
「おい、野地。それは言い過ぎじゃね?
あいつはあいつなりに頑張ってんだよ。
皆のために寝ずに電気をつけてくれてよー。
そんなやつ他にいねぇんだよ。あいつにしか出来ないことをあいつはサラッとやってのけるスゲェやつなんだよ。毛利をバカにするやつは俺が許さねぇ」
宗方が野地に向かってガツンといい放った。
ーーえ? 寝ずに電気? 何のこと?
近くにいた毛利には何のことかサッパリわからなかったが、この会話に割って入る勇気はない。
いつも威張ったりいじったりして悪い印象しかなかった宗方が、何故だか自分を庇ってくれた。毛利は思いがけず宗方の優しい一面をみた。
野地はツンとした顔をして黙りこむ。
「……なぁ宗方。お前も同じ夢を見たのか?」
成瀬は宗方の顔に近づけて言った。
「え?」
「……見たのかよ。毛利のシャンデリア」
「な、お前も? あれは夢だろ?」
2人は互いの顔を見て言葉を失う。
「今から現地のチラシ配るから読んでな。連日の雨で急きょ一部コースが変わったから。特に山歩きグループ、邸宅の跡地が見られるぞ」
受け取ったチラシを見てみると、宗方と成瀬の顔色が変わった。
「おい、この肖像画って……」
「あぁ。あの壁にあったやつだ」
「じゃあ全員揃ったんで出発するぞ」
クラスごとにバスに向かって歩き出す。
「おい成瀬。間違ってもシチューが食いたいって言うんじゃねェよ」
チラシに書かれている説明によると大正時代の作家〝桐島総一郎〟が建てた洋館は50年前の崩落事故により跡形もなく消えた、と記されていた。
《 完 》
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