Ⅲ-5

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Ⅲ-5

「そいつはいったいなんだ? ことによっちゃ、おれが協力してやれないこともないぜ。なんたって、おれはこのいまいましい動物園のなかであっても、ちょっとした顔であることにはちがいないからな」  オオカミのことばに、ヒツジは身を乗り出しました。 「それはつまり、あなたはぼくのさがしている人がどこにいるか、知っているってことですか?」 「人? 人間をさがしているのか。なんだ、おまえ、ご主人さまとはぐれたのか?」 「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」 「まぁ、どうだっていいさ。さぁ、どんなやつをさがしているのか話してみな。だが、その前にもっと近くに寄りな。おまえのさがしている人間が、ほかの連中にとっちゃマズイやつだって可能性もあるんだからな」  ヒツジはなるほどと思い、オオカミの檻に近づこうとしましたが、オオカミの鋭い目は相変わらずぎらぎらと不気味に光り、ヒツジはそれを見ただけで、やはり心臓がつぶれそうなほど恐ろしくなりました。  それでも自分をふるい立たせると、なんとかして二、三歩オオカミの檻に近づきました。するとオオカミは、地を這うような低い声で、あざけるように笑いました。 「まったく臆病なやつだな。おれはこんな頑丈な檻のなかに閉じ込められているっていうのに、なにをそんなにおびえる必要があるんだ。おまえはおまえがさがしている人間を、ほんとうに見つけたいとは思っていないのか?」  オオカミのことばに、農場で待っているであろう、あの美しいネコのことが自然と思い出されてきました。すると、ヒツジの胸には勇気が沸いてきて、オオカミの檻のすぐ前まで近寄ることができました。オオカミはうなるような声を出しながら、ヒツジのにおいを嗅ぎつづけていました。 424b7db0-d82c-4c3e-a153-f15367f7bebb 「それで、ぼくのさがしている人なんですが……」 「あぁ、そうだったな……」  オオカミはそう言うと、ゆっくりと立ち上がりました。立ち上がったオオカミは、ヒツジの思いもよらぬほどの大きさで、ヒツジは思わずたじろぎました。しかし、ヒツジは気をしっかりもつと、地面に足を踏ん張りました。  オオカミは檻のすぐ外にいるヒツジに、忍び寄るようにして近づいてきました。その足取りはしずかともいえるほどでしたが、ヒツジに近づくたびに、オオカミはまるで燃え盛る炎のようにヒツジを威圧し、圧倒しました。 「それじゃ、おまえのさがしている人間ってのを言ってみな」  そう言ったオオカミの声はますます低く、目には見えない蜘蛛の糸のように、ヒツジの全身に絡みつきました。ヒツジは、おじけづきそうな心を必死にふるい立たせると、 「ぼ、ぼくは、ぼくのこの毛を刈って、ふかふかのシーツに仕立ててくれる人をさがしているんです」  言いながら、ヒツジの全身は恐怖に震えていました。しかし、 「なんだ、そんなことか。そいつなら簡単に見つかるぜ」  と、オオカミが言ったのを聞くと、ヒツジは恐ろしさも忘れて叫びました。 「えっ、あなたはその人を知っているんですか?」 「あぁ、知っているとも。それはな、このおれさ」  オオカミはそう言うと、いやらしいにやにや笑いを口の端に浮かべました。 「見てみな、おれのこの牙を。三日月みたいに鋭くて、いかにもよく切れそうだろう」  口をあけたオオカミの牙は、農場の犬のそれなどは及びもしないほどの大きさと鋭さでした。オオカミの牙を見たヒツジに、忘れかけていた恐ろしさが再び戻ってきて、思わずごくりと喉を鳴らしました。
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