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案の定、森の中は涼しかった。
まだ明るい日差しがきらきらと木々の間から漏れるのも美しい。
僕は思い切り息を吸い込み、
胸の奥のわだかまった苦い空気を吐き出した。
湿った腐葉土の匂い、葉の匂い、どこかから漂う甘い花の匂い・・。
僕は、森の中の匂いが小さい頃から大好きだった。
それは、ばあちゃんとの楽しい想い出と結びついているからかもしれない。
かあさん、ばあちゃん、そのずっと前から続いてきた
森と共に生きて来た血筋で、安らぎを感じるのかもしれない。
たちまち元気が出て、細く続いている道に沿って山の斜面を登り始めた。
暫く山道を歩いて、急に木々も草も生えていない場所に出た。
小さな公園位の広さだ。
「こんなところ、あったかな?」
地面は僅かな雑草が生えているだけで、土と大小さまざまな石くれがむき出しになっている。
誰かが手を加えたようでもない。
その広場のちょうど中心あたりに、なにか祠のようなものが建てられている。
近づいて見ると、それは僕が両手で抱えられるくらいの岩だった。
壊れかけた小さな屋根がついていて
それを支えるように三面の木の板が岩を囲んでいる。
何かを供えたような跡もあったが、今はもうすっかり放置されているようだ。
なにか見捨てられた神さまのような気がして、急に気の毒に思えた。
僕自身と重なったのかもしれない。
岩の前に散らばっていた枯れた葉を数枚拾い、森に戻ると
木漏れ日に揺れていた白い百合を一本摘んで戻った。
それを岩の前に供えると、手を合わせた。
『山の神様、とうさんとかあさんを仲良くしてください。』
心の中で唱えると、勢い良く立ち上がり祠の反対側の道を探して山を駆け下りた。
やがて遠くばあちゃんの家の、まだ背の低いとうもろこしの畑が見えた。
真っ直ぐ降りて来たから、あの岩の祠は
ちょうどばあちゃんの家の真裏なんだ。
なにか大発見した誇らしい気分で、ばあちゃんの家に帰った。
それから僕は、森を通って登下校をするようになった。
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