僕らは無邪気に遊ぶ

発露

朝、目覚めたらシーツが湿っていた。
発熱していたので大量に汗をかいたのかと思った。

下着が濡れていた。おねしょをする年でもないのに、戸惑いながら新しい下着に着がえる。汚れた下着を手にすると微かな羞恥がわいてくる。

吉田さんの水差しの夢のせいかもしれないなどと、ちらり思ってみたり。

吉田さんがあんな小さな水差しで火を消そうとするから。まあ……実際の濡れがあんな夢を引き起こしたのだろうけど。

失禁したと思い込んでいたけど、尿のにおいではなかった。尿とは違う少し生臭い魚のぬるつきの様なにおい。
気持ちの悪い濡れた下着はごみ箱に放り込み目の前から追いやった。

熱は下がったけれどまだ身体が熱かった。特に頭。物事が考えられず、気を抜くとすぐぼんやりとしてしまう。

しばらく何もする気がしなくて、横になって白い天井のシミを眺めていたら、急に心臓がどきどきし出した。顔もだんだん火照ってきた気がする。

なんだか身体の奥も熱い。あの講師に指でぐりぐりと触られていた箇所が妙にムズムズしている。なにか突っ込んでかき混ぜたい気分だ。

研修や身体の講義で習った気がする。今の自分に当てはまる不快な諸症状。そう、これは『ヒート』かもしれない。

薬で抑えられるとも聞いていた。
俺は枕元に置いてあった器具のボタンを押して吉田さんを呼んだ。

＊

吉田さんは、話を聞いて僕の様子を見て「ヒートですね」と言った。
淡々と言ってのける吉田さんに腹立たしさを覚える。

「その薬はここには無いんですよ。そういえば、お知らせが遅くなってしまいましたが、明日、櫂さんがお見えになります。あとでヒート期間中、お世話をする者を向かわせますから」

はあ？　文脈が追えない。薬はない？櫂さんが来る？　お世話する者？　何んだそれは。のぼせっぱなしの頭が機能しなくて最後の疑問しか返せない。

「…世話は吉田さんでいいんじゃ？」
「私は不適でして」

吉田さんは珍しく顔を赤らめて僕の顔を全く見ようとしない。ここからすぐに立ち去りたいという気持ちが如実に態度に現れていて、用件が済むと逃げるように立ち去ってしまった。

僕に何か問題があるようで悲しくなる。

食堂に行くと先日声をかけてくれた女性が「体調どう？」と声を掛けてきた。

「おかげ様でだいぶ楽になりました」

あれっと女性は何かに気がついたようだ。

「あれ、いやだあんた、オメガなんだね」

感嘆の目でみてくる。

「何で分かったんですか？」
「だって。匂いでわかるじゃない」

女性が言うには、僕はオメガ特有の匂いを発しているらしい。ヒート時には甘い匂いが強くするそうだ。それにオメガ自体がとても珍しい存在だとも。

「あんたみたいなきれいな子は、ヒート時に薬を飲まないで出歩いちゃだめよ。犯されちゃうから」

おばちゃんでも赤くなっちゃうわーと女性は言っていた。吉田さんもそれで逃げていってしまったのか。

部屋に戻って働かない頭で考えた。施設で学んだバース性の基本。アルファという存在とオメガの存在。それ以外のベータの存在。

僕らは施設やマスターという庇護者がいるオメガだった。外部に出たら犯されるなんて聞いていなかった。それはきっと外に出ることなんてないからだ。

施設のみんなのことを思い浮かべてみた。容姿の整ったきれいな子たちばかりだ。ここで見かける屋敷で働いている人たち、彼らとは明らかに違っている。

しばらく、何となくすっきりしない、言葉にならない、わだかまりだけが残った。