新しい世界

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何も出来ない赤子の期間の方が長いのだが誰かの会話を耳にすることくらいは出来た、俺改め私が5年かけて得た情報を纏めようと思う。 ここはドラオン大陸、その南西にある自然豊かな小規模の町ペリッダ。日本でもなければ知っている世界でも無い、魔法が日常に浸透している程度には実在するファンタジーな世界だ。 そして私はペリッダという町でそれなりに富を得ている商人の4番目の子供として誕生、名前はラドゥ・エメメナス。父と母、そして16歳の兄と12歳の姉と共に暮らしている。17歳になる姉がもう一人いるらしいのだがこの家にはいない、姉がもう1人いると言う話だけ聞いているが詳細を語ってくれる人はいなかった。 5年経過した現在は何故か精神が肉体に引っ張られ、男性だった頃の記憶が徐々に薄れつつある。元の名前を思い出せないのもラドゥとして自覚してしまったからでは無いだろうか、いくつか考えてみたが納得のいく答えがこれしかなかった。 商人の家と言うだけあって家は大きいが半分倉庫みたいなものだ、主に工芸品で商いをしているらしく倉庫を見ていて飽きることはない。倉庫の品揃えを見ると冬の訪れが目に見える事が最近の発見だろうか、冬は作物も少なく貯蓄の季節になるために春に向けた農具などが工芸品の合間に紛れ込む。 食文化は可もなく不可もなく、海に面した土地では無いので魚はあまり口にしないが豊かな野菜と少しの肉と塩がある。野菜の名前などは不思議と知っているものと同じそのままの名前だった、衝撃があった事と言えば塩が木になる事だろうか。名前はそのままシオノミ、歪な六角形のオレンジ色の実で果肉は苦くて廃棄するが種を粉にすると塩になる。昔から水辺とシオノミの苗があれば村ができると言う話があるほどこの世界ではポピュラーなものらしい、このペリッダでは町民全員の共有の資産なので自由に採取する事は禁じられている。 「おーい、お客さんを案内してくれ!」 外からパパの声が聞こえた、3日前に遠くの街まで商品を運びに行っていたが今帰ってきたようだ。私は駆け足で外へ向かう、誰も出迎えに行かないとパパはいじけてしまう人なのだ。 「おかえりなさい、ママは、教会のお手伝い」 「ラドゥ!ただいま、一人でお留守番してたのか?偉いなぁー!」 少し筋肉質な大きな身体なので兵士と言われても不思議では無いが歴とした商人、優しいパパだ。 「3人も娘さんがいるとは聞いてたけどキミは将来美人さんになるの確実な可愛さだね、キミのお名前は?俺の名前はカッシュって言うんだ、無駄に身長でかいのがサムザ、無駄に乳でかいのがカルヴァ、よろしくな!」 「ラドゥ」 元気の良いお客さん、パパが荷馬車の護衛に雇った冒険者だ。 冒険者、それは職業の垣根をこえてお手伝いをするお仕事。荷馬車の護衛もする、農地の開拓もする、遺跡の調査もする、知れば知るほど覚える事が多くて私に理解できそうな職業じゃ無いと言うことだけがわかった。 「そうかそうかラドゥちゃんか、もしよかったら後でお姉ちゃんの方も紹介してくれないかな…?きっと美人なんだろうなぁ…」 「幼女相手に妙なこと教えんな!ラドゥちゃん、コレの言った事は忘れていいからね」 カルヴァさんが間に割って入る、正直に言って助かった。長女のことはほぼ知らない上に次女とはあまり仲良くできて無いのだ、馬が合わないと言うわけではなく一方的に避けられている。余った布で刺繍した髪飾りをプレゼントしてみた所、使ってはくれているので嫌いと言うわけでは無いと思いたい。 「じゃあラドゥ、パパは馬を繋いでから行くが案内はできるな?任せたぞ」 「うん。お客さん、お部屋こっち」 パパは護衛をしてくれた冒険者をもてなすのが好きなのか私にとって慣れたお手伝いだ、お客さんに客室のある場所とお風呂の場所を案内する。 冒険者は職業柄汚れやすい、なのでお風呂があると言うのは重要な事なのだ。汗や土にまみれるならまだマシだ、モンスターの返り血を浴びる事も少なくない。そして汗と土と返り血の混ざった臭いはあまり好ましいものではない、少女としての私が表情に出づらい体質で良かったと思う。 「お風呂はこっち、石鹸は無い、パパからなら夜でも買える」 「うっは、そこは商売しっかりしてんなぁ!よし、今夜はお世話になるぜ!」 大雑把な案内の後は注意事項、無法者もいる可能性のある冒険者相手にはやってはいけない事を伝えるのはとても重要な事だ。 「喧嘩ダメ、倉庫と二階入るのだめ、たぶんパパに殺される」 倉庫は商品があるので基本的にはパパと許可を得た人しか入らない、二階はと言えば私の部屋もあるので進入禁止されても仕方のない場所だ。 「じゃ、ご飯まで、またね」 「おう、ありがとな!」 ここまでで違和感を覚えた人もいるのではないだろうか、私の喋り方についてだ。 会話はほとんど単語、長く口から言葉を出す事はほとんどない。私はこの世界の言葉をあまり喋れないのだ、何語なのかと言う定義などでは無くこの世界共通の言葉と言うもの。 言葉を聞き取るのは得意だが、脳内で日本語をこの世界の言葉に変換して喋る事が得意ではない。会話をする時はどうしても単語ごとに途切れ途切れになってしまう、家族は一種の個性と捉えている様子だが軽度の言語障害と思う人もいる状態である。 「日本語忘れそう…」
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