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新しい世界
俺の名前は─────、球体関節の人形を一つの芸術品に仕上げる事を生業としている一種の人形師だ。いや、ここはだったと言うべきだろうか。
あれは長期の休みであるゴールデンウィークに向けて個展を開催しようと、福岡の某所でプロジェクトチームと会議をした後の事だ。
「思ったよりも都会って感じだな、田舎者の意見だけどな」
個展開催予定の場所は駅も近いしバスもある、人を集めるには絶好の場所ではないだろうかと言う立地だ。俺の知っているバスは1時間に2本あれば良い程度のもの、付近のバスは時刻表を見ただけで同じ日本なのかと疑うほど多かった。
「コンビニも近い、大抵のものは買える、こんな場所とは言わないまでも田舎から引っ越したいなぁ……ん?」
田舎の交通の不便や最寄りのコンビニが20分以上かかる事を考えながら歩いていると、けたたましい騒音が耳に届いた。何か大きなものが連続してぶつかる音だろうか、悲鳴も混ざっている。足を止めて周囲を見るが見える範囲には何もない、あまり良い出来ごとには思えない音だ。
野次馬根性があるわけでもない俺は音のあった方へと足を向けることはない、被害者が俺でなくて良かったと思いながら宿泊する予定のホテルへと足を向ける。
「あぶねえっ!!」
突如知らない誰かの声、その声が俺に向けられたものだと理解したのは視界が赤く染まった後だった。
金属の足場だったのか鉄骨だったのか今となってはわからない、重くて硬い何かが俺の頭に直撃したらしい。指先の感覚もない、視界が徐々に薄暗く埋めつくされてゆく。
嘘だろ、最後に放った言葉が口から音として出たのかもわからない、石のようになっていく自分を理解しながら意識を閉ざした。
〜*〜
苦しい、息が出来ない。
俺は今どうなっている、暗くて何も見えない。
深海を泳いでいるのか、何の感覚も無いので自分の存在を確認することも難しい。
もうだめだ、俺は最後の力を振り絞り不条理を叫ぶようにソレを全て吐き出した。
「おぎゃあ、ほぎゃあ!!」
「おめでとうございます奥様、元気な女の子ですよ」
理解した、俺の存在を確認した。
誕生したらしい。
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