第11話 発見

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第11話 発見

急に慌ただしくなったセンター内で、俺は一人、ポツンとしていた。 今から約3年後の夏、日本近海から北大西洋にわたる領域に、落下する可能性のある小惑星が発見された。 その一報をアメリカ空軍から受け、軌道計算のための詳細なデータ収集が本格化している。 天文学の粋を集めたこのセンターで、新人かつ門外漢の俺は、何をしていいのかも分からない。 2018 NSKと名付けられた今回の隕石は、現在はまだまだ遠い、宇宙空間を漂っている。 センター長であり、国内トップクラスの天文学者でもある鴨志田さんが、岡山の天文台から引き上げてきた。 「みんな、ご苦労だね」 がたいのいい、白髪の混じるあごひげをたたえたセンター長のまわりに、みんなが集まった。 「最初に報告をあげたのは、鴨志田さんだったんですか?」 香奈さんが詰めよる。 「あぁ、異常に動きの早い天体でね、発見したときには、思わず手が震えたよ」 そう言って、にっこりと笑う。 「いやー、学者冥利に尽きるって、こういうことなんだなぁ~、あはははは」 「笑ってる場合じゃありません!」  最初に発見したのが、ここのセンター長?  ということは、やっぱりこのセンターのみんなは、既にこの惑星のことは、知っていたということなんだろうか。 「すぐに国際本部の方から照会があると思ったのに、なかなか声がかからなくてね、おかしいなーなんて、思ってたんだよ」 「鴨志田さんが、催促したんですか?」 「まあね」 そう言ってウインクをしてみせた後で、USBメモリを取り出した。 「さぁ、ここにその大切な資料がある。同じものを、世界各国の協力機関に配布済みだ。これからは、とにかく詳細な分析が必要になる。観測も重要だ。よろしく頼んだよ」 「はい!」 なんだ、知っていたんだ。 分かっていたんだったら、早くそう言ってくれればよかったのに。 なんで俺だけが毎日、あんなにもビクビクしなくちゃいけなかったんだ、バカみたいだな。 ついつい漏れ出たため息。 考えてみれば、それもそうだ。 こんな人類の存続に関わるような重大事案を、俺がたった一人で抱え込むワケがない。 それに早く気づいていれば、こんなにも気まずい思いをしなくてもすんだのにな。 分かってるんなら、さっさと言えよ。気が利かねーな。 「君が、新人の杉山くんか」 センター長が、俺の名を呼んだ。 「あぁ、はい、そうですけど」 「最終面接以来、かな?」 「そうですね」 差し出された鴨志田さんの手を、じっと見る。 コレは、握手をしろってことなんだろうな。 俺が握り返したら、予想に反するほどの強い力で、握り返された。 握手の仕方って、人それぞれだ。 そっと触れるだけのような人もいれば、もの凄い力強さで握ってくる人もいる。 どっちが正解なのか、俺にはいまだに答えが見つからない。 「これから、君の力が必要になってくる。よろしく頼むよ」 「はぁ」 何を言ってんだか。 正直言って、認めたくはないが、外務省外交官候補のはずだった俺が、どうしてこんな畑違いの場所に飛ばされてきたと思ってるんだ。 『やめろ』っていう、無言の圧力だろ、リストラみたいなもんだ。 それをどうして、このオヤジが拾う気になったのかは知らねーが、まぁ、俺のやる気なんて、ほぼゼロだ。 ここで一体何の役に立てるのか、自分でも自分の価値が分からない。 干された余り物の俺を拾って、ここで自主退職するまで待ってるつもりなんだろうが、素直にそれに応じて新しい人生だなんて、早ければ早いほどいいだなんて、そんな気持ちにさっさと切り替わるほど、俺はお前らに都合よく出来てない。 腐れるだけ腐りまくって、ずっとお荷物で居続けてやるからな。 「すみません、コイツ、礼儀もクソも、なってないんです!」 香奈センパイが飛び込んで来て、俺の頭を無理矢理押し下げる。 それがどれほど屈辱的な行為か、この女は分かってやっているんだろうか。 「やめてくださいよ、髪型が乱れる」 俺は乱れた髪を、これ見よがしに丁寧に直しながら、さらに言葉を続ける。 「こういうのって、やってる本人の資質も疑われますし、やられるのを見ている方も不快だと思いますけどね」 このパワハラ女だけは、どうしても許せない。 「もうずっと、こんな調子なんですぅ」 女はそう言って、両手で目をゴシゴシとこすり始めた。 ほら出た、泣き落とし。これだから女は嫌いだ。 「そうか、三島くんが教育係か、しっかり面倒見てあげなさい」 センター長はそれには応じず、にこにこ笑って、特に俺にも彼女にも気にとめる様子もなく、軌道解析の分担を始めた栗原さんたち、実務チームの方に向かっていく。 そりゃそうだ。こんな緊急事態に、どうでもいいボケ新人に対して、興味なんてわくわけがない。 「これから、本気で忙しくなるけど」 女の小さな目が、俺をにらみ上げる。 「あんたは、みんなの邪魔にならないように、気をつけなさい」 それが新人の俺に対する、教育係のアドバイスか?  ばかばかしい。 「自分なりに出来ることを考えて、少しでも貢献できるように、努力して」 偉そうに、中身の全くないセリフを投げ飛ばして、香奈センパイは背を向けた。 戻ってきたセンター長を含め、たった7人しかいない息苦しい職場で、俺だけが含まれない仲良しグループに戻っていく。 くだらない。 そう言うお前は、あのチームでどれだけの仕事が出来るってゆーんだ。 ろくに仕事も出来ないくせに。 一回でも、まともに働いてるところを見せてみろよ。 俺にだって、言いたいことはヤマほどある。 俺がアメリカから送られてきたメールを、勝手に削除していたことを知っているのなら、なんで黙ってるんだ。 それで俺を脅すつもりなんだろうか。 俺が悪かったなら、さっさとそう言えばいいのに。 みんなの前で糾弾して、目障りな新人をさっさと辞めさせればいいだろ、それをやらないで、そうやって先輩風でも吹かして、弱みを握ったつもりでいるのか?  バカバカしい。 もしそれをやったとしても、それでも結局、事態には何の変化もないけどな。 俺がメールを破棄しようが、してなかろうが、それでも隕石は降ってくるし、俺が報告しなくっても、事態の問題を把握している人間が他にちゃんといて、やることやってんだから。 何のためにこんなことをやらされているのか、全く意味が分からない。 こんな無意味で重複したシステムの中に、俺が含まれているのなら、俺は不要だと言われていることに、全くもって変わりはない。 俺は、必要のない人間なのだ。
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