第13話 3年後

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第13話 3年後

かくして、翔大(3年後に地球に落下してくる300m級小惑星)は、一躍時の石となった。 大体、地球に落ちてくるって方を重要視しないといけないのに、命名権で意地の張り合いをしてるいなんて、人間って、やっぱりくだらない生き物だと思うよな、そうだろ翔大? な、俺もそう思うぜ。 目の前の、もっと重要なことに目を背けて、細部のどうでもいいことに、こだわりすぎる奴らが多すぎる。 今、大事なのは、翔大の名前じゃない、どうやって、彼との衝突を回避するか、だ。 3年後、3年後だろ? しかし、学者ってのは、やっぱり世間一般の人間とは、考えが解離してるな。 奴らにとっては、翔大はとんでもなく貴重なサンプルで、自分たちが生きてる間に翔大に会えたことを危惧する一方で、盛大に喜んでいる。 そりゃ、学者冥利につきるだろうな、いっぱい論文書けそうだし。だとしても、はしゃぎすぎだ。 翔大のスピードは、秒速20キロ、秒速で20キロなんて、脳の想像を超える速さだ。 動体視力に果敢に挑戦してくるよな、トップアスリートかよ。 図体でかいから、距離的に近くなきゃ見られるだろうけど。 こんなスピードなら、そりゃ流れ星に3回お願い出来ないわけだ。 まー俺なら『カネ・カネ・カネ』で余裕だけどな。 つーか俺、宇宙観測センターで働いてるけど、人生で一度だって星空を生で見たこともないし、流れ星もリアルで見たことねーな。 山に登ってまでわざわざ見に行く価値がお前らにあるのか?  見てほしかったら、逆にお前の方がこっちに来い。 仕事だからって、プライベートまで、仕事に潰されるつもりはない。 しかも、ここは俺の望んだ職場じゃない。 てゆーか、本当は都会の夜空にも星はあるはずなんだけど、見えてないだけなんだ。 そんなちっぽけな、街の灯りにすら消されるような星なんて、存在自体が消されているのと同じことだ。 結局、目の前にあるものしか、今、見えているものしか、相手にしてもらえない。 人は、実際に目に見えるものしか、その存在を意識してはくれないんだ。 おい、見てみろよ、あの太陽の明るさを!  輝くなら、やっぱこんくらい輝いてないと、人からキャアキャア言ってもらえないんだぜ、翔大!  お前がいくら秒速20キロで走ってきたって、今はまだ専門研究機関の、大型望遠鏡でしか捕らえられない。しかも、コンピューターでデータ解析してやっとだ。 なさけねぇな。 これがもっと近づいてきて、一般のアマチュア望遠鏡でも捕らえられるようになったら、もっと世間に騒がれるのかな。 つーか、直径300メートルじゃ、素人にはムリか、見えるようになった頃には、もう地球に落ちるのが、確定してる。 だからさ、落下の可能性とか、軌道の計算とか、何回やり直したって、そんなの変わんねーんだよ。 目に見えなくても翔大はそこにいて、落ちる、ぶつかるって言ってんだから、いい加減あきらめろ。 理想で現実を歪めようとするなよ、事実を受け入れてから対策を考えろよ、それが戦術ってもんだろ。 翔大が発見されてから、毎晩毎晩、ほぼ徹夜で交代の観察を続けたって、意味がないって言ってんの。 あれだ、あれ、売り上げ目標とか考えてるヒマがあったら、一個でも多く売ってこいってヤツだろ?  戦略とか、展開とかをさ、なんかワケの分からんビジネス用語使って、語って、誤魔化してるヤツだろ?   『弊社のキャパでは御社のKGIに、コミットすることがキャズムなのではなく、弊社の持つコアコンピタンスから、可能な限り、コンセンサスを高めて、コンバージョンしていきます』 みたいな。 知らんけど。 俺、一般企業で働いたことないし。 なんだよコアコンピタンスって、どんな箪笥だ、カラフルBOXか。 ちなみにこれ、『ムリだけど、頑張るー』っていう意味ね、それで、あってる??  ビジネス用語は、ちゃんと勉強しとけよ。 俺はそんなことを考えながら、部屋の隅っこで翔大の超衛星画像を眺めている。 だって俺、ここでは一切専門知識持ってないもん、完全にカヤの外。 みんなずっと何かをしゃべってるけど、一切意味が分からないし、そもそもこの俺自身に、分かろうとする気持ちがない。 リストラ寸前、窓ぎわ社員の気持ちって、こんなんなんだろうか。 いやいや、俺は窓ぎわなんかじゃない、さっさとここを出て、もっと華やかで、俺自身が輝ける場所に向かうんだ、そう、あの太陽のように! 「あ、杉山くん」 「はい、なんでしょうか」 同じ職場のおっさんに声をかけられて、俺は愛想よく振り返る。 愛想こそ振りまいているが、俺の興味があるのは、この世に生まれた全ての女性のみだ。 男に用はないから、名前も覚えてない。その必要も、ない。 「杉山くんは、国際会議の事務局をお願いするね」 「はい!」 返事だけは元気よく返しておく。それが俺のビジネスマナー。 「おい、まて杉山」 ここで、俺の教育係を勝手に名乗る香奈さんが現れた。 「テメー、何すんのか、分かってんのか?」 「分かってますよ」 「お前の『分かってます』は、『分かってない』だからな」 酷いなー、実際分かってないけど。 ようやくコイツも、俺の特性を理解し、教育係っぽくなってきたということか。 「今回の、ショウター衝突回避について話し合う、国際会議を日本でやることになったんだよ、世界中24ヶ国、約200人の研究者に、招待状を送って、参加を呼びかけるつもりだ」 なんだよそれ、それを俺一人でやれってか? 冗談はやめてくれ。 「はい! しっかり頑張ります!」 「これが、そのリストだ」 センパイから、USBを渡される。 「会場と、個別のセクション会議の部屋も押さえておけ、ある程度の、宿泊施設もな!」 「了解です!」 ビシッっと敬礼をかまして、相手には、すぐに背中を向けさせた。 これで俺の勝ち。 うるさいのは、さっさと、どっかに行け。 要は、会場日時の連絡係で、雑用係ということだ。 USB、USBね、今度はデータをうっかり消去しても大丈夫なように、バックアップはとっておこう。 完全門外漢は俺一人、こんな所に派遣されたのも、雑用係をさせるためか?  ずいぶんもったいない使い方だよな、俺の。 ま、どーでもいいけどね。 3年後、3年後だろ?  そんな頃には、俺はここを辞めてやってるよ。
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