第3話 知ってます

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第3話 知ってます

外務省、エリート外交官になる予定だった俺が、なぜか飛ばされた先が、国際ユニオン宇宙防衛局日本支部、アースガード研究センター。 地球にぶつかりそうな小惑星を事前に見つけ出し、回避する方法を考えるという、なんとも壮大かつ夢うつつのような仕事だ。 一週間という無駄に増長された時間を新人研修期間に当てられ、優秀な頭脳の持ち主である俺には、退屈すぎて睡魔と戦う方がつらかった。 そんな俺に、ようやく具体的な仕事が回ってきた。 16分おきに撮影されたという天体画像を連続再生し、そのなかから不自然な動きをする天体を見つけ出すという作業だ。 真っ黒な宇宙空間の闇の中に、白く輝く無数の天体が点在している。 それを一つ一つ重ね合わせて、異常な動きをする天体を見つけ出すというのだ。 「地球に落ちてくる小惑星が、やってくる可能性が一番高いのはどこだった?」 「火星と木星の間にある、小惑星帯」 「はい、よく出来ました」 相変わらず、この女は俺をバカにしている。 こんなことは、俺にとっては常識だ。 天文学については素人とはいえ、ある程度の予備知識は、ここに来る前に入れてきたつもりだ。 「現在見つかっている小惑星の数は?」 「60万個」 「同じ小惑星を何度も観察して?」 「正確な軌道を測定する」 「よろしい。じゃあ、これが今日の分のノルマね、あんたの優秀な頭脳で、いち早く危険な小惑星を、発見してちょうだい」 そう言って、俺の教育係と名乗る女は、俺を一台のパソコンの前に座らせた。 「この画像解析が終わるまでが、あんたの1日のノルマだからね、そこに、全人類の存亡の危機がかかってることを、忘れないでよ」 俺は将来、世界をまたにかけて活躍する男になるのだから、全人類の存亡とか言われたところで、ビビるような人間ではない。 「はいはい、知ってますよ」 パソコンの画像解析プログラムのスタートボタンを押す。解析ったって、いまや勝手にプログラムがやってくれるのを、見てればいいだけなのだ。責任もクソもない。 一般的に庶民が手にする、ごくごく普通の天体観測用望遠鏡は、とても視野が狭い。 月を観察してクレーターがはっきり見えるような望遠鏡で、せいぜい満月がまるっと1個分だ。 それでも、一つの星をじっくり観察するには、それで充分なのだ。 センターが使用している望遠鏡は、その満月が6個並べられる大きさがある。広い範囲を一度に観測することで、飛んで来る小惑星を見逃さないようにしている。 経口1m級望遠鏡の大面積CCDカメラで撮影された、膨大な量の画像を、プログラムに処理させている。 それで観察出来る星は18等級クラス。 さらに撮影した画像を重ね合わせることで、21等級までの星を観測できるようになる。 1024×1024画素の画像32枚、それを256×256画素の範囲内でプログラムにかけ、異常な行動をしている天体を発見させる。 その場合の解析は、65536通り! 暗い宇宙空間の背景に、白い点で表された天体が、パラパラと散らばっているだけの黒白画像を、じっと見ているだけなんて、俺の能力の無駄遣いでしかない。 「これ、いつまでかかるんですかね」 「さぁ」 あの女は、すました顔で別の仕事をしている。 俺をナメているのは間違いない。 ふと画面を見ると、解析残り時間の表示が、280時間! 「ちょ、こんなの、終わらないじゃないですか!」 「たまに止まったりするのよ、それを見張っててくれる? 新人くん」 コイツ、本格的に俺に仕事をさせないつもりだな。 岡山にあるセンターでは、365日体制でこんな画像を撮影しているのだ。 いくら観察したって、解析が追いついていないんじゃ、意味がない。 「こんなことって、意味あるんですか?」 「意味があるからやってるんでしょ」 女の目に、怒りの炎が不穏にうごめくのを、俺は本能で察知する。 「これ以上余計な口叩くと、本気で追い出すわよ」 この女には、後で訴えても裁判で勝てるよう、パワハラ暴言記録を詳細につけておこう。 「なんでこんなに無駄な時間がかかるんですかね、なにが悪いんだろう。そもそも、解析の速度が遅すぎるんですよね」 280時間というのが、そもそも間違っている。 「じゃ、あんたが何とかしてみなさいよ」 「知ってます」 そうか、この女は、あえて俺に難しい課題を与えようとしていたのだな。 この自分で察しろという職人気質な分かりにくさこそ、俺の最も嫌悪する体育会系の弊害だと思うが、与えられた困難な仕事に向かう意欲だけは、俺の教育係を名乗るあんなクソ女なんかに、負けていられない。 だいたい理系のくせに、文系畑の俺をバカにしているのか?  そんなくだらないイジメなんかで、つまずく俺ではない。 しかし、どうしよう。 ポンコツ低スペックパソコンは、カタカタとのんきな駆動音を立てている。 新しい高速解析プログラムを開発すればいいんだよな。 だけど、それは分かっていても、さすがの俺でも、そんな高度なプログラミング技術を持っていない。 「俺、さすがにIT技術には疎いんですけど」 「だろうね」 「外注に出すとかムリですか」 「いくらかかると思ってんだ」 女はこちらをふり向きもせず、何かの作業をしている。 「新規開発で、新しいプログラムとか、どっかの民間企業でやってないんですかね」 教育係のくせに、女は新入社員の質問に対して、返事もしない。 しかたがない、こういう時は、ネットで検索だ。 今の時代、ネットで検索出来ないものは、この世にないも同じだ。 そして、この世に存在しないものは、ネットの検索にも引っかからないように出来ている。 この世で誰よりも仕事の出来る俺が、キーボードを駆使して一通り調べてみたけれど、そんな会社はネット上に、どこにも見当たらなかった。 「あー、やっぱり、そんな会社、見当たりませんねー」 つまり、そんな解析機器は、この世にない、という結論にたどり着いた。 俺がしっかりとした完璧な仕事の報告をしているのにも関わらず、女は完全に無視している。 「俺に今からプログラミングを勉強して、開発しろってことですか?」 ここに置いてあった古くさいマウスではなく、自分で買って来た、手にしっとりとなじむ、俺に似合うハイスペックなマウスをカチカチと鳴らす。 「そりゃまぁ、やって出来ないことはないと思いますけどね、時間はかかると思いますよ。俺だって、1から勉強し直さないといけないわけだし? やる気もあるし? 勉強することは、まったく問題ないんですけど、なんせ時間がねー、今日明日は絶対ムリだとして……」 女が、ガタリと大きな音を立てて立ち上がった。こっちに近づいてくる。 「今週とか、今月中とか言われても、さすがにそれはムリだと思いますけど」 女の手は、俺の胸ぐらをグッとつかんで、ガッと引き寄せた。 「知ってます。お前なんかより、よっぽど頭のいい連中が、必死で頑張っとるわ」 「だったら、俺はなにをすればいいんでしょうか」 「とにかく黙ってろ」 「分かりました」 彼女の細い腕が、力強く引き寄せていた俺を突き放す。 にらみつけながら背を向ける仕草が、彼女の芯の強さを表している。 この俺に対して、こんなにも物怖じしない女も初めてだ。 俺の知る他の女はどれもこれも、にこにこと笑顔をたたえながらも、こちらに背を向けることなく、正面を向けたまま全力で後退していった。 一度寄せては引く、波のように、安全な距離を保って、遠巻きにしているだけだった。 決して、嫌われているわけではない、日本女性の常として、遠慮深いだけだ。 近くで見てみると、この女の顔もちょっと悪くないなと思った。
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