第5話 迷惑メールのプロ

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第5話 迷惑メールのプロ

俺はモテる。 正直に言って申し訳ないが、とにかくモテるのだから仕方がない。 現在は国際ユニオン宇宙防衛局日本支部のアースガード研究センターという超マイナー部署に飛ばされてしまったため、すっかり取り巻きがいなくなってしまったが、外務省勤務の外交官候補という肩書きがあった時には、とにかくモテた。 特に面白いくらい引っかかってきたのが、女どもだ。 俺がひとたび外務省勤務の外交官候補と口にすると、目が合った女の全てが、俺とアドレスの交換をしたがった。 もちろん、俺はそれに一つ一つ応えてやったし、言われれば惜しげもなく名刺をくれてやった。 ちょっと名刺を配りすぎていたのかもしれない。 出会った女どもからのメールや電話が、その頃はひっきりなしに送られてきていた。 リアルで出会った女どもは、周囲の目を気にしすぎるのか、遠慮がちな対応だったが、ネットの匿名性を利用した女性たちは、とても積極的だった。 この奥ゆかしさは、日本女性特有の美徳でもあり、対応しなければならない男の立場からすると、難点でもある。 奥ゆかしすぎて誰が誰だか分からない。 仮面舞踏会か、見ず知らずの相手とやりとりしていた、平安貴族のようだ。 21世紀なのに。 中には、どこでどう俺のアドレスを知ったのか、『50万円で、私とデートしてください』なんて、手に負えないほど盲目的に俺に惚れ込んだ女からのメールも送られてきた。 それにはさすがに、『お金をもらうのはちょっと』と言って断ったが、そのあとも何度かメールのやり取りを続けているうちに、次第に謝礼金の額が膨れあがり、ついには200万円上げるから、どうしても会いたいとまで言わせてしまった。 俺は彼女にそこまで言わせてしまった罪悪感から、断腸の思いで彼女のメールを拒否設定にした。今でも申し訳ないと思っている。 どこかで思い詰めて、命を絶ったりしないでいて欲しい。 彼女には、自分の幸せを見つけてくださいと、最後にメールをして別れた。 実際に、会ったことはない。 匿名でヒモ付け不可能だったからだ。 彼女とのやり取りは、今でも俺の胸に甘酸っぱい思いを呼び起こす。 他にも、徳川将軍家の末裔だとか、モデルをやってるとか、かなり名の知れた芸能人やアイドルともメールのやり取りをしていた。 さらに外交官候補ということもあって、海外からのメッセージも多く含まれていた。 アメリカのビジネスマンから、出資を募るメールだったり、一緒に会社を立ち上げようとか、そんな誘いも多かった。 ロシアやウクライナの女性からも、会いたいという誘いが数多く寄せられた。 ある日、全文英字で送られてきたメールを開封したところ、身に覚えのない商品の請求書だったうえに、支払わなければ口座を凍結すると脅されたが、実際に凍結されたのはスマホの方だった。 そんなスマホの凍結を数回やられた俺は、そのたびにスマホを買い換えるハメになったし、そのたびに、俺を慕う女性からの、連絡手段も失ってしまった。 迷惑な話だ。 俺は別にそれでも構わない、だが、女性を泣かす男には、出来るだけなりたくないと思っている。 さすがに学習した俺は、もう全文英字のメールは、絶対に開かないと心に決めた。 現在の職場に移ってから、日々のルーチンワークの他に、外部との窓口業務を与えられた俺は、いわゆる『お問い合わせ』のメール対応を行っている。 その問い合わせメールにも、数多くのおかしなモノが紛れ込んでいた。 悪いが俺は、迷惑メールのプロと言っても過言ではない。 日々大量に送られてくるメールを、そのタイトルと文字列の並びだけで、善か悪かを見分けられる能力を、既に俺は手にしていたのだ。 そんな下等かつ愚劣な行為を行う生物に対する、俺の手法は徹底している。 全文削除。 完璧だ。 問答無用の全削で、俺は自らのスマホと、職場のパソコンを守っている。 まさに、ガードマン、守れる男だ、かっこいい。 6人しかいない弱小職場で、唯一の女性職員である三島香奈は、とにかく手癖、足癖、口癖がよろしくない。 先輩であり、かわいがるべき立場にある俺を、なにかと目の敵にしている。 「おい、杉山、てめー寝てんじゃねーだろーな」 そう言って、俺に支給された会社の備品であるはずの机を蹴り飛ばす。 気になる男の子に、ついつい意地悪しちゃうなんて、小学生以下の女だ。 「寝ていません。これは沈思黙考というんです。ご存じありませんでしたか?」 「てめーのは、夏炉冬扇、画蛇添足、蹉跎歳月というんだ」 四字熟語対決でくるつもりか、よろしい、受けてたとう。 天文バカ共の集まりの中で、この俺が負けるワケがない。 文系畑の俺に、勝算しかない。 「僕のは、和光同塵、内清外濁、韜光晦迹を心がけておりますので」 女の目が、俺をにらみつける。 どうだ、次の言葉が出てこないだろう、俺の勝ちだ。 「栗原さ~ん!」 突然、女が甘えたような声を出して、そばにいた別の男に駆け寄る。 「コイツが、一望無垠の按図索駿っぷりを見せつけてくるんですぅ~」 俺にかこつけて、男に取り入ろうとは、まさに笑止千万、分不相応。 「はは、まぁでも、玉石混淆、愚者一得、千慮一得ってこともあるし?」 「だけどね、栗原さん」 香奈先輩は、首を斜めに傾けて、それはそれは純情可憐な仕草をみせる。 「私は、こんなにも無為無能、無知蒙昧なヤカラを見たことがありません」 「蒼蠅驥に付して千里を致すってことも、あるかもしれないよ?」 そうようきび? それは、上司がよければ、バカでも賢くなるという意味だ。 栗原さんの言葉に、香奈先輩はまんざらでもない様子で、男の腕を叩く。 「やっだ~、それって、誉めてます?」 「僕はいつだって、誠心誠意、君には対応しているつもりだけどね」 言ってる栗原さんの顔が真っ赤になって、それを見た香奈さんの方まで黙りこんでやがる。 男のもじもじに、女のもじもじが重なっている。 いったいこれは、どういうことだ? 「すいません、香奈先輩、意味不明、心慌意乱、驚天動地な状態なんですけど」 「お前に一つ、いいことを教えてやろう、不言実行、とにかく黙って仕事しろ」 女がぱっと顔をそらして仕事にもどると、名残惜しそうに、栗原さんが、香奈サンをチラチラ見ている。 なんだコレ。なんだソレ。 また全文英字のメールが送られてきた。 アメリカからのメールだ。 緊急を要する問い合わせ?  そんなもん知るか、こっちの方がどうなってるのか、それが聞きたいわ。 あぁ、彼女、ほしいな。
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