衝撃の結末

1/1
前へ
/5ページ
次へ

衝撃の結末

音大にはピアノ科や声楽科や器楽科などがあるが、恭輔は音大へ入れるならば何科でも良かった。音楽の教師は声楽の専門家であった。テノールである。そして、その教師の紹介で別のピアノの教師についた。まだ若く、音大を出たばかりといった感じの女性であった。  最初のレッスンに行くことになった。ピアノの他にも音大へ入るためには音楽理論や新曲視唱などをしなくてはならない。その勉強もするつもりでいた。「俺は田舎の学校では『音楽の天才』と呼ばれていたんだ」という自負もあった。しかし、新しくついたピアノ教師の言葉で全く自信を失い、音大を諦めることになる。  恭輔はピアノ教師が「何か弾いてみて」と言うものだから「幻想即興曲」を弾いた。そして、その後にチェルニーやハノンピアノ教本やバッハのインベンションなどを弾かされた。ピアノ教師は言った。   「基礎ができていませんね。バッハはそういう風に弾くのじゃありません。それからピアノのペダルの使い方が分かっていません。もう一度チェルニー三十番に戻って練習しましょうか?あなたのプライドが許しませんか?どこの音大へ行きたいのですか?」  ここで恭輔が「どこでもいい、音楽さえできれば」と答えていたら何の問題もなかった。そして、それは事実であったことが後に判明する。しかし恭輔は言い放った。  「そりゃ、行くなら東京芸大は無理にしても少なくとも桐朋とか国立とか---。」  「うーん。それなら少し---」ピアノ教師は言葉に詰まってしまった。  また、音楽の教師からも言われた。  「イタリア語の『ハニホヘトイロハ』が分からないようで音大なんか行けると思っているのか?」  イタリア語の「ハニホヘトイロハ」とは何のことはない、「ドレミファソラシド」である。  「じゃあ、音大はあきらめようか」そう思い、いとも簡単に音楽を捨ててしまった。  実は、「音楽ができるのならどこの大学出もいい」と開き直れば、行けるところがなかったわけではない。しかし恭輔はブランドにこだわったのだ。事実、音大をあきらめてからも彼は旧帝大を目指していた。東大は無理にしても少なくとも北大か名大と考えて勉強に励むことになる。実際は彼の能力が旧帝大への合格を許さなかったのだが---。  事実、「音楽さえできればどこでもいい」と言った女の子がいた。尾西さんであった。しかし、そんな考えは当時の恭輔にはなかった。  実際に、恭輔は教師になって「でもしか」の音大を出て音楽の教師になった生徒を見ることになる。彼は恭輔がピアノを弾けるということも知らない。  (十五)  そして恭輔は東高で二年生になった。この頃から彼は「とにかくおとなしくすることが一番の生きる術だ」と理解し始めた。そして、それは事実であった。特に目立つわけではなく、勉強ばかりしている恭輔にちょっかいをかける奴なんかいなかった。  一年生も入学してきた。あの中学時代の嫌な後輩のだれが東高へ来ているか知らなかったが、あちこちで知った顔を目にし、「ああ、この子も東高か」と思った程度であり、ことさら特別な感情も湧かなかった。尾西や河村や上田を目にしたが、挨拶をするわけでもなく、こちらから声をかけるわけでもなく、平穏無事な一年間が始まった。  しかし、中学の頃と全く同じ反応をする一年生がいた。藤田である。恭輔は、ある日渡り廊下で彼女とすれ違った。恭輔は無視したが、彼女はあからさまに、あの爬虫類でも見たかのような蔑視線を恭輔に向けた。恭輔に怒りの感情がふつふつと湧いてきた。  「こいつは何もせずにおとなしくしている俺に何の恨みがあるのか?俺がこの世から消えたらいいのか?いや、それよりもこのブスがこの世から消えればそれでいいんだ」  そう思った。そして、そんな頃、久しぶりに富山が金を伴って恭輔の家へ遊びに来た。  「恭さん、久しぶりやのう」  彼は髪の毛を茶髪にして伸ばしていたので最初は誰か分からなかった。何でも高校へは行かずに職人になっているらしいということは噂に聞いていた。  「おお、富山か?ほんまに久しぶり」と言って快く出迎えた。  恭輔は「いい奴が来た。渡りに船だ」と思った。そしていつもはやっていないことで少し気が咎めたが、父親の給料袋から三万円を拝借し、富山に渡した。そして金を尻目にこっそりと富山に三万円を渡し、耳打ちした。  「実はなあ、姦ってほしい女がおるねん。これでどうや」  「ええよ。恭さんの頼みやったら」富山は快諾した。そして彼に中学の時の写真を見せ、藤田の住所を教えた。  「姦ってもええけどブスやのう。東高の生徒か?」  「ああ、一年生や」  「わかった。一週間以内にけりつけたる」  それから一週間が経った。東高で事件が起こった。何でも一年生の女子が校舎の屋上から飛び降り、即死したということである。自殺であった。恭輔はその死んだ女の子の名を聞いて心臓が飛び出すほど高鳴った。藤田洋子。そう、あの藤田である。  「富山が姦ってくれたんだ。まさか本当に強姦するとは---」  それから恭輔は大学生になり、その後教員になった。この事件のことはもう忘れられてしまったようである。まさか、自殺事件の裏に恭輔がいたなんて誰も思わないだろう。富山も警察に捕まったなんて話は一向に聞かない。  恭輔は高校で地歴・公民を教える傍ら、教会でピアノを弾いている。昔のことは藤田の死とともに記憶の彼方に消えてしまった。そして、「音大へ行っていたらなあ」なんて思ったことは一度たりともなかったのである。 了
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加