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零枚目 夏祭りにて
事の発端は神社で行われていた小さな『夏祭り』だった。
「おー、神薙先生んとこの嬢ちゃんか」
「こんばんは」
「おう。どうだ、焼きそばいらねぇか」
「…………」
こんな地域の小さなお祭りでは、気軽に声をかけられることなんて珍しくない。
「……いただきます」
「おう! ちゃんと味わって食えよ」
そう言っておじさんはニカッと少し欠けた前歯を見せながら笑った。
「……」
まぁ、私がこのお祭りに『一人』で来たのも『夕飯替わり』だ。こういう日がたまにあってもいいだろう。
「あんた、バッカじゃないの!」
「ん?」
突然聞こえてきた女性の大声に私は思わずそちらの方に視線を向けた。
「おっ?」
どうやらおじさんも気がついたらしく、私とほぼ同じタイミングでその声が聞こえた方を見ている。
「おっ、おい。落ち着けって」
視線の先には……何やらもめている……いや、何があったかは知らないが、暴れている女性とそれをなだめている男性の姿があった。
「……」
「……」
ここ最近、こういった地域の小さいお祭りにもカップルで来る人が増えてきている。それ自体は決して悪い事ではない。
そう『来る事』に関しては決して文句なんてなく……どころかありがたい話だ。
「最っ低! 帰る!」
「いっ、てー!!」
ただ、悲しい事にこういった『ケンカ』が起こる事も少なくない。そして、大概は女性の平手打ちと共に別れて終わる。
「はぁ、近頃。色々な人が来てくれんのはいいけど、もうちーっと周りの事も考えてくれっと助かんだけどな」
「まぁ。そうですね」
どうしても『夏祭り』というイベントには、浴衣を着たキレイな女性がたくさん来る。だからなのか、鼻の下がのびてしまっている男性も多い様だ。
――その結果。
鼻の下をのばしきっている彼氏の姿を見て彼女の方が怒る……と大体がこんな感じで、喧嘩が始まってしまう……。
人が来る事はありがたいけど、やはりケンカは他所でやって欲しい。
「そういや……いつも一緒にいる兄ちゃんは……今日は一緒じゃないのかい?」
そう言いながら焼きそばのおじさんは周囲をキョロキョロと見渡した。
「きょっ、今日はちょっと用事があるみたいで……」
私は思わずそう平然を装った。
「おや、そうかい? まぁ、そういう事もあるわな」
「そっ、そうですね」
確かに『あいつ』はいわゆる『腐れ縁』というヤツでよくつるんでいるけど……まさか出店のおじさんに聞かれるとは思わなかった。
「それにしても、せっかくの夏祭りだっていうのに女一人で来させるなんてなぁ」
「あっ……ははは」
「おっちゃん、焼きそば一つ!」
「はいよ! まぁ、仲良くな」
「はっ、はい」
色々話をしている内にどうやらかき入れ時になったらしく、徐々に人が増え、賑わいをみせてきた。
私はそれだけ言うと、商売の邪魔にならないようにそそくさと『焼きそばの出店』を後にした。
「はぁ……」
そして、ため息をつきながらゆっくりと星空を見上げて歩き出した。
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