家路~塵は塵に~

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 男は帰り道を急いでいた。  本当は、もう少し早く帰るつもりだった。自分の用事と、村人たちに頼まれた、あれやこれやを済ませるうちに、すっかり遅くなってしまった。日はとうに暮れており、空には月が登っていた。  月明かりの照らす夜道で、男は荷馬車に揺られながら、妻とまだ小さい娘を思い浮かべた。今頃、食事の支度をして、彼の帰りを首を長くして待っていることだろう、あるいは、心配しているかもしれない。  妻は飛び抜けた美人ではなかったが、気立ての良い女だった。そして、娘は可愛らしい盛りだった。彼は二人を心から愛していた。  いよいよ早く戻らねばならない、と男は馬をせかした。荷台には村人たちに頼まれた品物のと二人への土産、妻の櫛、娘の人形が積んであった。  しばらく進むと馬の歩みが遅くなった。何とか(なだ)めすかして、すすませようとしたが、ますます遅くなるばかりだった。  ついに、男は諦めて、馬を休ませることにした。ちょうど、道の脇に旅人用の小屋があったので、馬のくびきを外し、手綱(たづな)を柱に繋いで(えさ)と水を遣り、自分も中で休むことにした。  (わら)の上にごろりと横になって、まどろみかけたところ、何やら小屋の外ががやがやと騒がしくなった。大勢の人間が歩いてこちらに向かって来るようだった。  男は起き上がって、小屋の窓を僅かに開けて、そっと表を見ると、血相を変えて藁の中に潜り込んだ。
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