交差点

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 将来の夢はなに? とか。  好きな仕事につきなさい、とか。  大人は簡単に子どもに、勝手な言い分を押しつけてくる。でも、本当のことは教えてくれない。  好きなことを仕事にするのは地獄だって。 「このバカ! どこ踏んづけてんだよ、クソがッ!」  今日、三回目の罵声に、あたしの息が止まる。 「す、すみません!」 「謝ってすむ問題かよ。ああ、やめちまえ。おまえみたいに使えない女、この現場にいらねえよ」  チーフのがなり声がフロア中に響く。毎日、繰り返される叱責に、この場にいる全員がうんざりしているのが伝わってきて、ますますいたたまれない。 「どけ、こら。やり直しだ。出てけクズ、能無し」  近づいてきたチーフに突き飛ばされ、あたしはその場によろめいた。コードの束に尻餅をつきそうになるが、ギリギリよける。誰も助けてくれない。見て見ぬフリ。  ミスを謝罪しようと口を開いたところで、うしろから腕をつかまれた。 「夏目ちゃん、待って。急ぎで探して欲しいファイルあるから、倉庫からとってきてくれる?」  小声で話しかけてくるのは、先輩ADの福澤さん。煙草くさい息だけど、手を貸してもらって、ようやく立ち上がる。  福澤さんの用事は急ぎなんかじゃない。倉庫のとなりが給湯室とトイレだから、一人でゆっくりと頭を冷やしてこいって意味。 「女はいいよな。女ってだけで、庇ってもらえて得だよなあ」  チーフのこれみよがしの嫌味にも、ただただ首をすくめるしかない。  自分で選んだことだから。やりたくてやってることで、誰にも愚痴なんてこぼせない。  これ以上、ここにいても、みんなに迷惑をかけるだけ。あたしは黙って、フロアから消えるように出ていった。  テレビ番組の制作会社で、憧れのADになって半年。  仕事は覚悟していた以上に厳しく、この半年で五キロ減った。いや、三ヶ月で七キロ減ったのを、あとの三ヶ月でなんとか二キロ戻した。  不規則を通り越して、職場に住み込みのような生活。とにかく、家には帰れない。  これが、憧れていた仕事の現実。
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