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家族にはいろいろあります。きっとどんな家庭にもね。
真島刑事の言葉がふと浮かんだ。
「妻子の事は伏せて欲しいとマスコミや新聞にお願いしたのです。私はその業界には多少コネがありますから、その時は助かりました」
「…だからですか?先生が私の作品にあの日、興味を持ってくださったのは」
「…はい。共鳴するものを感じました。障がいを持った主人公が前向きに生きようと恋をする。理想かもしれませんが、僕は障がいを持った子供を持つ親として、どうしても書けない分野だったからです」
「どうして書けないんですか?」
「…どうして書けるんですか?」
聞き返されると思ってなかった凛ははっとした。
「どうして、貴方は自分の理想としない世界を書けるんですか?」
凛は何を言われてるのかわからなかった。
瀬戸は凛をじっと見据えた。
「私は植物状態になってしまった息子に希望を持つことが出来ません。私は間違っているのかもしれない。でも、どうしても妻と息子をこんな目に遭わせたあいつが許せなかった。同じ苦しみを感じて欲しかった。ドラマで書くのでははなく、リアルにそれを描かなけばならないと思った」
瀬戸は微笑んだ。
「でも、正解なのは春野さん、きっと貴方の生き方です。結局、涼也君の父親は変わらず、涼也君の描く理想の父親像を私は描いてあげられなかった」
「…」
そろそろ時間です、と刑務官が促し、瀬戸は立ち上がって出て行った。
凛はその丸まった背中に思った。
私は一体、何を見ていたのだろう。瀬戸さんの外の面ばかり見て、中を見てあげられなかった。
凛の目からひと筋、涙が零れ、彼女はそれを拭った。その肩に誰かが触れた。
振り返ると、山辺が佇んでいた。真島刑事と剣持刑事は顔を見合わせると、静かに部屋を出て行った。
凛は山辺の肩に凭れて泣いた。
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