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瀬戸は立ち上がった。
「あいにく今日はシフォンケーキは焼いておりませんよ?沖縄土産のちんすこうならありますが」
凛は驚いて、瀬戸から離れた。
「どうやってここに?」
山辺はじっと瀬戸を見つめ返した。
「カメラのある警備室に入らせてもらいました」
山辺はあれから瀬戸邸に張り込み、つい先刻、瀬戸邸にパトロールに来た警備員を覆面姿で襲い、上着に隠しておもちゃの銃を持っているフリをして脅し、警備室に潜入したのだった。手荒い方法ではあったが、瀬戸の様子を伺うには屋敷内の警備カメラを監視するのが手っ取り早いと考えたのだ。
「なるほど」
瀬戸は微笑んだ。
「先輩を返してください」
山辺はじりっと一歩、凛の方へ進んだ。
「さあ、先輩、僕と帰りましょう」
凛は立ち上がり、山辺の方へ行こうとすると、瀬戸がその腕を掴んだ。
「邪魔しないでもらいたい。彼女を守るのは私だ」
瀬戸の腕に力がこもった。
「美穂は誰にも渡さない」
「美穂?」
凛は耳を疑った。
山辺は静かに告げた。
「瀬戸さんの奥さんの名前ですよ」
瀬戸は凛を亡き妻だと見立てている。山辺は常軌を逸していると感じた。
「先生、私は凛です。春野凛。先生の奥さんじゃありません」
瀬戸は凛を見下ろした。
「知っているよ」
「え?」
「だから、凛さん。君が美穂になればいいんだ」
瀬戸は驚く凛に微笑んだ。
「…先輩、何を言っても無駄ですよ。おそらく先生は正気じゃない」
瀬戸は突然笑い出した。
「私が正気じゃないって?美穂になることは簡単だよ。君がずっと私のそばにいればいい。いてくれるなら、そうだ、眠り姫のように眠っていてくれてもいいしね。ほら、この薬でしばらくはまたゆっくりと眠れるよ」
瀬戸はズボンのポケットから何かを出した。透明なケースに入った錠剤である。
睡眠薬か?
はっとした山辺を尻目に瀬戸は凛の顎を掴むと、それを無理やり飲ませようとした。
山辺はその一瞬の隙に瀬戸に掴みかかったが、火かき棒で思いっきり額を殴られた。血が飛び散る。凛は悲鳴を上げた。山辺はぐったりとその場に崩れ、瀬戸は彼に近寄ると、足で山辺を踏みつけた。
「君も邪魔だなぁ。麻美のようにいなくなれよ」
「やはり、田中麻美を突き落としたのは貴方なんですね」
山辺が苦しそうに漏らした。
「ああ。私の幸せを奪おうとする輩はね、皆、ドラマの舞台には上がれない。ボツになるんだ。主人公の私が結末をハッピーエンドにしたいなら、不要な登場人物はいなくなるしかない」
瀬戸は火かき棒を握り直すと冷笑しながら山辺に向かって振り下ろした。
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