一目惚れは事件のはじまり

10/11
133人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
そして夜は明けた。 昨日とはうって変わって空は高く、秋晴れの空には雲一つなく美しい青が広がっている。 それを見上げて、凛は大きく伸びをした。今日は貴重な休日だ。昨日、いつのまにか寝てしまった脚本の続きを書いて過ごそう。どちらにせよ、完結しないと瀬戸さんにも連絡できないしね。熱心に自分の隣で脚本の指導をしてくれていた瀬戸の綺麗な横顔を想い出し、凛は一人にやけ、カフェの中に入った。 ソファで寝たからか、背中の後ろが少し痛む。あとで山辺に揉んでもらおうと思い、凛はくっつけていた二つのソファを離した。朝方の凛は目覚ましが無くても起きられる性質だった。店の時計は7時半だった。開店は11時とはいえ、けっこう遅くまで寝ているんだなっと凛は二階の部屋で寝ているはずの山辺を起こしてあげようかと思う。 その時、鞄からスマフォが着信した。見ると、母からだった。手に取り、出ようか迷っているうちに音は消えた。昨晩から着信が数件来ている。どれも母であった。凛はスマフォの電源を切ると、顔を洗いに二階の洗面所へ階段を上がりながら、凛は昨晩スーツケースに着替えを詰め、部屋を出て行こうとする彼女を引き留めた母と、その後ろで身体を少しゆすりながらドラマを観ているはなに自分が投げてしまった言葉を思い返していた。 『再婚するなら、相手の人にちゃんとはなの事話して。それからだよ、話は』 凛は母が自分と似ていて惚れっぽいことにいつからか気が付いていた。だからなおさら、はなの事を<家族>として受け入れてくれる人と再婚して欲しいと願っていた。もし、その上司がはなの事を知ったうえで、家族として受け入れ、はなの将来のこともちゃんと考えて生活してくれるなら、再婚に賛成しようと決めていた。でも、母が言えないのなら、賛成はできない。母には自分のように傷ついて欲しくはない。 凛は執筆で少し疲れた目の中を冷たい水で丁寧に洗いながら、そう思った。冷たい刺激が脳内に染み込んでいく。目を開いて、目の前の鏡に映った自分を凛は見た。疲れたような顔をしている。10代の頃にはなかった薄い笑い皺のようなものも目元に浮かんでいる。 こうやってゆっくり老けていくんだな。おばあちゃんになった時、私はもっと晴れやかな顔をすることができるかな?その隣には誰がいてくれるんだろう。周りには可愛い孫が遊んでいるだろうか。それともまだ一人でいるんだろうか。いずれにせよ、凛とした生き方をしていたい。せめて。 でもまだ先の事だよね、と凛は呟き、それからこの前観たドラマの間に流れたCMの美容液の事を思い出した。今度、給料が入ったらあれを買おう、そう決めて、ばしゃばしゃと顔を洗った。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!