一目惚れは事件のはじまり

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それから洗面所の向かいにある山辺の部屋のドアを叩いてみたが、返事はなかった。 「お腹、空いたな~。あ、そうだ」 朝ごはん、作ってあげるか。と、凛はまた階下に降り、厨房に入った。ぶら下がっている山辺のエプロンをすると、冷蔵庫を開けて、材料になるものを探した。        ×  ×  × 凛は何度叩いても返事が無い山辺の部屋に入ると、山辺が電気つけっぱなしのままで寝ていた。部屋着からお腹がちろりと出ている。細身なのに意外にも割れた腹筋が覗いて、普段は全く以て感じない男の色気を醸し出している。 「おーきーて」 まあ、ノック10回以上でも起きないんだから無理よね。それにしても…お腹出してたら君の方が風邪を引くよ、と凛はそうっと部屋着から出てるお腹を隠してあげようと手をかけたら、いきなり山辺に手首を掴まれる。 「!」 飛び起きた山辺は目の前にいる凛に気が付いて、のけぞった。 「先輩、どうして、ここにっ?!…まさか」 「君を襲おうとしたわけでは決してない」 「…なんだ」 わざわざ昨日の古傷をむしる気ですか、と呟く山辺。 「あれ?この絵本、何?」 見ると、枕元に開いたままの絵本を凛が取り上げて読んでいる。それは山辺に取ってとても大切なものだった。 「あ!ちょっとそれは…返してくださいっ」 それは、山辺の母、美穂子が厚紙を綺麗に加工して作ったお手製の絵本だった。 「これ、作ったの?」 もう、20年ぐらい前に作られたそれは黄ばみ、美穂子が黒マジックで書いた文字は薄くなり、どころどころ滲んでいた。美穂子は普段は実家である祖父の経営していた書店を手伝っていたが、趣味で絵本を作っており、当時まだ5歳であった山辺を寝かしつける時、それを読み聞かせてくれた。その絵本は今は手元にある一冊だけとなってしまったが、山辺の一番のお気に入りの絵本だった。山辺の父は大手新聞社の国際部の記者で、海外での仕事が忙しくほとんど家にいなかった。母は山辺を祖父と二人で育てていたようなもので、一人っ子である山辺は父よりも母に親しみを抱いていた。 その絵本を読むとどんな嫌なことがあってもぐっすりと眠れるので、睡眠前の儀式の一つにしていた。ので、昨日も読んで、そのまま寝入ってしまったらしい。 でも、山辺はもう一つ絵本を読んだ後にしている儀式があって… 「何これ?…私の写真?何であるの??」 絵本からパラリと落ちたものを凛はさっと拾い上げた。それは高校時代の凛を女子に頼んで盗撮したもので、自転車にまたがっている凛が友達に呼び止められて振り返った時の写真だった。が、よく見ると、制服のミニスカートから何やら白いものがちらりと見えている。 「パンツ、見えてるじゃん、これ」 絵本の最後のページに挟んでいるそれを、にまにましながら見つめ、それから入眠することがもう一つの儀式で、それを当の本人には知られたくなかった山辺は慌てて掛け布団に潜りこんだが、時すでに遅しで。その後、山辺は呆れた凛に朝ごはんを一口も食べさせてもらえなかったことは言うまでもない。
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