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山辺は店外に出ると、カフェ入り口に設置している古ぼけたベンチに彼女を座らせた。外はもう日が暮れて、一番星が光っている。
座るなり、少女は山辺にしがみついて来た。
「あの!店長さん!」
「はい、何でしょう」
「私、私…」
少女の瞳にゆらゆらと何か液体が浮かぶ。それが涙だと気が付いた山辺は驚愕した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。ハンカチ、ハンカチっ」
ジーンズのポケットを探りあたふたしていると山辺の胸に少女が抱き付いて来た。
「お、おう、そんなに僕の事が…でも、僕にはそのとても好きな人がいるので、貴女とはお付き合いできません」
困ったようにようやく見つかったクシャクシャのポケットティッシュを差し出した山辺に、少女は顔を上げたが、嫌そうに受け取らず、手で涙を拭った。
「おじさん、何か間違ってるし」
「お、おじさん…(ショック)」
「私、丸腰高校2年B組の鈴木千穂って言います。おじさんのこのお店に舘野君が来てたって聞いて」
「え?」
「舘野涼也君、私のクラスメイトなんだけど、一週間前から家出してるんです。彼がどこにいるか思い当たることとかありませんか?」
千穂の目から涙が溢れた。
「私、舘野君を見かけたんです。たぶんいなくなったって夜に」
「え?ええー!」
いつの間にか、入り口の扉を開けて聞き耳を立てていた凛が横から口をはさんだ。
「あっ、先輩、店番!」
「何言ってるの、こっちも大変なことになったのよ」
「え?」
「今、瀬戸さんからメールの返事があって、そのいなくなった少年、瀬戸さんの恩人の甥っ子さんなんだって!」
「恩人?」
「番組制作会社の社長さんの甥っ子さんなんだって」
瀬戸と少年は面識すらなかったものの、裏で関係が繋がっていたらしい。
凛と山辺は思わぬ繋がりに顔を見合わせた。
「あのう…」
千穂が恐る恐る声をかけた。
凛はがしっと千穂の両肩を掴んだ。
「千穂ちゃん!」
「は、はい」
「あの夜、万引き君を見かけたその時の状況を詳しく聞かせてちょうだい」
「お姉さん、誰ですか?」
「名探偵、三日月凛です」
「シナリオライター、三日月凛じゃなかったっけ…ん、そもそも三日月って何で三日月?」
うるさい山辺を凛はきっと睨む。
「瀬戸さんが困っていたの。あの時、自分が彼を家まで送ってあげていたら、こんなことにならなかったかもしれない。甥っ子だと知らなかったとはいえ、大人として責任が足りなかったって。自分も捜査に協力するつもりだって言ってた」
「で?」
「ほら、やっぱり君は全然わかってない」
「何の事ですか?」
「昔っから恋の事ぜんぜんわかってないって言ってるの。いい、大好きな彼がいなくなったらこの子みたいに涙するし、大好きな先生が困っていたら助ける。これ、恋の常識よ。そうよね、千穂ちゃん」
「お姉さん、なんか…かっこいいです」
ずるっとこけそうになる山辺をよそに凛は千穂としっかりと手を握り合う。
「協力するわ、万引き君捜し」
「ありがとうございます!でも、その呼び方は止めてください。舘野君は自分から万引きなんてするような人じゃない」
「え?」
「きっとあいつらにそそのかされたんだと思います」
「あいつら?」
凛と山辺は同時に言うと、顔を見合わせた。
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